顧客にとってはひとつの舞台 交流会で出会いの場を演出

(株)小学館

出版事業の中で企業と顧客とのインタラクティブな交流を深め、顧客同士のネットワークをも醸成しようという贅沢な試みが、小学館発行の月刊女性誌「和楽」で行われている。同社初の直販型女性誌となった同誌は、昨年8月に創刊。現在、読者数5万人を誇る。

和のコンセプトに高感度な読者が集結

 和楽は、「和の心を楽しむ」をコンセプトに、40代の女性をターゲットとして創刊された。購読料は年間1万3,200円、半年間7,200円。フルカラーで全300ページとかなりボリュームがある。書店売りは行っておらず、毎月、顧客が指定した住所に雑誌が届けられる仕組みだ。
 小学館では1981年に女性誌「CanCam」を創刊して以来、ターゲットとなる年齢層を引き上げるかたちで「Oggi」「Domani」などを世に送り出してきた。雑誌を書店に大量に並べるとともに大々的な広告を打ち、読者を獲得してきたが、Domaniで企画した作家の故・白州正子さんの特集がひとつの転機をもたらした。
 「異常とも言えるほどの反響に、編集サイドが驚き、戸惑った。この反応は一体何なのだろうと思い悩んだ末、日本人でありながら日本文化を知らないと自覚する層がいて、『和』を起点とする情報に対するニーズがあることを確信した」(企画室室長・中川豊氏)
 伝統文化を日常生活に活かすことで、より楽しく、豊かな生活を送ろう──コンセプトがこれだけ絞り込まれると、読者層も限られてくる。このため、マスを対象とする書店ルートでの販売は効率が悪いと判断、書店を通さない直販の手法を取り入れることを決定した。既刊の女性誌に広告を掲載すると同時に、これまで蓄積した顧客データベースを基にダイレクトメールを発送し、定期購読者5万人を獲得するに至った。創刊号を無料でプレゼントするキャンペーンも展開したが、こちらは「応募が多かったわりには、定期購読には結び付きにくかった」(マーケティング局雑誌販売二課課長・友弘亮一氏)という。
 今年3月に同社が行った調査によると、読者は主婦が3分の1で、残りは働く女性。世帯収入は平均1,500万円で、個人収入は同700万円だ。年齢は当初ターゲットとしていた40代に限らず、30代、40代、50代が同率で並んでいる。これについて中川氏は、「一定の年齢層が突出する女性誌の通例を覆す、予想外の展開」とコメントしている。

顧客間コミュニケーションを促すワークショップを展開

 和の提案を誌上で行う同誌は、その実践の場として読者参加型のワークショップ、「 『和楽』贔屓の会」を発足させている。
 読者は自動的に会員となり、同会主催のイベントへの参加資格を持つが、イベントの参加希望者が定員を上回った場合には、その都度、抽選を行う。無料で開催していた創刊当初には1,000通を超える申し込みがあったが、2002年4月号から有料となり、さすがに1,000通を超えることはなくなった。しかしその内容たるや、ため息が出るものばかりだ。
 記念すべき第1回では、豪華客船で香港からベトナムへ行く旅を企画。香港を起点に、世界遺産に指定されたベトナムのハロン港までをクルージングした。また、「歌舞伎観劇と懇親会の夕べ」では、若手俳優が結成した「二十一世紀歌舞伎組」による「西遊記」を鑑賞した後、俳優との懇親会を開催。今年8月には、「語りの伝承『平家物語の世界』」と題し、琵琶・狂言・能の3形態から平家物語の世界を味わうという。
 贔屓の会の目的はいくつかある。まず、雑誌で和を楽しむコンセプトを提案したあとに、それを行動に移すきっかけを提供すること。また、「参加して良かった」「定期購読していて良かった」と読者に感じてもらい、顧客と雑誌とのつながりを深めること。当選を伝えた後に読者から丁寧な礼状が届くこともあるなど、ごく一般的に行われている個人間のやりとりが、企業と顧客との間で成立している。
 さらに重要視されているのは、顧客間のコミュニケーションを促し、和楽の価値観を共有する場を提供することだ。例えば、旧白州邸「武相荘」を訪れる企画では、白州正子さんが利用していた呉服店で購入した着物をまとって参加した読者がいた。同じような趣向を持つ参加者が集まるので、会話は自然とはずむし、お互いが持つこだわりにも共感が生まれやすい。ワークショップは単なる交流ではなく、自己表現の場としても読者の心をつかんでいる。
 こうした点を配慮し、参加人数は旅行型で10名程度、ワークショップ型でも多くて70名程度と、定員を低く抑えてある。参加者は抽選で決めるが、ひとり参加の割合には多少の配慮を行う。出会いの場を演出し、交流を深めてもらうためだ。また、講師を招く場合でも、話を「拝聴する」だけの受け身の姿勢にならず、積極的に参加してほしいとの願いもある。
 顧客間のコミュニケーションは徐々に深まりつつあり、すでにいくつかの自主的な「会」が発足しているという。長野から東京へ泊りがけで遊びに来る読者を歓迎するため、都内で食事会を行うので一緒にどうぞ、と中川氏に誘いがかかることもあった。
 顧客とのコミュニケーションを深めて顧客満足度を上げるCRMの実践のためにも、贔屓の会は最低でも年に6回、今年は10回程度の開催を目指す。
 購読者ではない友人を誘っての申し込みも受け付けるため、新規顧客獲得の場としても大 いに活用できそうだが、この点について中川氏は次のように語っている。「現段階では、質の高いワークショップや顧客同士の交流を通して雑誌に対するロイヤルティを高め、定期購読の更新につなげることが最優先だ。もちろん、顧客同士の会話から口コミが広がって新規顧客の獲得につながれば、それにこしたことはない」。有料であるにもかかわらず参加人数を制限する試みは、会の希少性を高め、一種のステータス・シンボルとして参加者の心をくすぐる効果もあるのだろう。
 定期購読を続けてもらう対策としては、最終号のひとつ前の号でもうすぐ契約が切れることを知らせ、更新手続きを促す。反応がなかった場合は最終号にも同様の通知をする。創刊1周年を迎える今年8月前後が、継続客を取れるか否かの山場。雑誌上における連載や、今年4月号から新たにスタートさせた通販の強化に加え、ロイヤルティを高める贔屓の会の存在意義は俄然、大きくなる。

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三省堂書店 神田本店に展示された「和楽」

特約店に見本誌を展示 読者の3分の1を獲得

 和楽で新しく用いられた新しい試みは贔屓の会だけではない。友弘氏によると、直販誌では珍しく、特約店に雑誌を展示してもらうと同時に案内書を置いてもらったのが大きな特徴だ。
 関連会社・小学館パブリシングサービス(PS)が中心となって、 全国2万店以上ある書店の中から特約店を選定。また、書店向け広報誌で公募を行うなどした。特約店は現在、二千数百あり、書店を通した申し込みはすでに全顧客の3分の1に達している。書店には購読料の10%をマージンとして支払う。読者の4割が関東地方に集中しているという地域的な偏りをなくすため、また、新規顧客の獲得のためにも、販売チャネルの強化は急務であり、これまでの実績を踏まえた特約店の選定と、新規店の獲得に力を入れていく方針だ。
 同社では直販誌を持つ出版社を研究し、カスタマーサービスの強化を推進してきた。PSは書店向けのマーケティングが主業務だが、カスタマーサービスも兼務しており、コールセンターでは和楽専用の電話番号を設けて対応に当たっている。新規申し込みを受け付けるほか、不着などのクレーム対応も担う。
 中川氏は「今後も、発行部数を最重要課題に掲げるつもりはない」と語る。数は限られていてもロイヤルティの高い読者層に確実にメッセージが届くビジネスモデルを広告主は理解し始めており、同氏はこの評価を「さらに高める自信がある」と明言する。特約店における新規顧客へのアピールと、贔屓の会におけるロイヤルティの向上。この2本柱を武器に、“雑誌CRM”を掲げる和楽の挑戦は続く。


月刊『アイ・エム・プレス』2002年8月号の記事