口コミにインターネットを有効利用

(株)インター・レコーズ

ここ2~3年、低迷気味のCD市場において、インディーズの好調ぶりには目を見張るものがある。メジャーなアーティストに比べ、販促費を多くかけられないインディーズの市場を、これほどまでに活気づけている企業の戦略とはどういったものなのか。

伸びるインディーズCD市場

 音質を損なわずに簡単にCDの複製が可能なCD-R等の普及に伴い、CD市場は全体では、ここのところ3年連続で縮小している。しかし、インディーズ(※)系のCD市場だけを見れば、前年比20~30%もの伸びを示している。このインディーズの好調ぶりを裏付けるように、近ごろでは、「モンゴル800」、「Going Steady」などのインディーズ出身のアーティストが脚光を浴び、音楽市場を賑わせている。
 昨年7月に設立された(株)インター・レコーズは、そうしたインディーズ系のアーティストを育成し、また、インターネットを利用した音楽メディアの確立を目指す新進気鋭のレコード会社である。
 多くのインディーズ系のレコード会社では、大手レコード会社に比べ、宣伝などの販促費にそれほど費用をかけられない場合も多い。しかしその市場は、前述のように低迷するCD業界の中で活気を見せている。その理由としては、まず、メジャーなアーティストの音楽だけでは満足せず、もっとユニークなもの、新しいものを求めるリスナー(聴き手)の嗜好の多様化が挙げられるが、インディーズ系のアーティストを売り出す企業側も、何かしらの仕掛け・工夫をしていることは想像に難くない。同社ではいかなる戦略をとっているのだろうか。
※もともとindependentの意味。メジャーなレコード会社や出版社など、いわゆる大企業からの独立を意図する。

日刊のメールマガジンを発行

 既存の(大手)レコード会社は、販促をはじめとする業務全般に関して、「既存の手法を維持しようとする傾向が強い」という(取締役・長沢潔氏)。これは音楽業界に特有なことではなく、業務上のオペレーションがある程度定型化している事業においては、同様のことが言えるだろう。
 一方、同社はインターネット事業の最大手である(株)サイバーエージェントの100%出資の子会社だということもあり、既存の手法にはとらわれず、近年、目覚ましく普及しているインターネットを有効に利用した販促活動を行っている。
 同社の事業の柱は、①レーベル事業、②インターネットを利用した音楽メディアの確立の2本である。
 ①に関しては、通常のレコード会社と同様、後述する専属アーティストを擁しており、その育成を手掛けている。特筆すべきは②であり、この分野においては同社が業界のリーディング・カンパニーであると言える。
 従来、音楽情報の発信は、紙媒体の音楽専門誌による部分が大きかった。しかし“音”を聞かせる音楽を紙で紹介するには限界がある。また、もうひとつの方法として、テレビ、ラジオといった電波媒体を使うことも考えられるが、販促費をそれほどかけられないインディーズにおいては必ずしも現実的ではない。そうなるとアーティストのプロモーション手段は、ライブ活動に限られてくるわけだが、これも局地的なものであり、人々に広くアピールできるとは言いがたい。そこで同社が目を付けたのが、紙媒体と電波媒体の中間に位置するインターネットというわけだ。
 こうした経緯により、同社では日刊のメールマガジン「音道(おとみち)」を発行するに至ったのである。このメールマガジン上で、アーティストの楽曲サンプルを提供したり、プロモーション・ビデオのオンエアなどを行っている。

メールマガジンに楽曲を添付

 「音道」は昨年11月に創刊。読者は2002年6月現在で、およそ13万5,000人。その位置付けは、インターネット上の無料の音楽専門誌であり、主なコンテンツは人気アーティストの最新情報や、メーリングリストの作成、イベントの告知などである。
 さらに、同社レーベルに所属するインディーズ・アーティストの情報を伝えるツールとしても重要な意味を持っている。同社では現在11組の所属アーティストを擁しているが、「音道」は彼らのプロモーションに欠かせないツールである。
 現在、「音道」では、同社所属アーティストであるパンク・ロック系の4人組のバンド、“H.(エイチ)”に関する情報が継続的に連載されている。
 “H.”はこの9月にファースト・アルバムをリリース予定であるが、「音道」でそのアルバムの楽曲を、リアル・オーディオやウインドウズ・メディアなどのアプリケーションを介して、発売に先行して試聴することができるのである。この試みに対する読者からの反響は大きく、1回の配信につき数百ものリアクションがあるという。これらのリアクションの中には、好意的な意見・感想も当然多くあるが、「あまり好きではない」、「ボーカルの歌い方が嫌い」といったネガティブな意見も少なくないという。しかし、送られてくるのがどのような意見であるにしろ、これだけの反響があるということは、多くの人が“H.”の楽曲に一度は耳を傾けたという証である。マスメディアなどで紹介されることの少ないインディーズ系アーティストの楽曲を、ターゲット層に確実に届けるという意味において、この試みは大きな成果を上げていると言っていいだろう。

音道サンプル

メールマガジン「音道」

“音楽”はインターネットとの親和性に優れている

 また、この試みのもうひとつの大きな目的が、楽曲を聴いた読者を起点とした口コミの誘発である。
 一般のレコード店などにも試聴コーナーが設置されている場合が多いが、これらは基本的に“聴きたい”人が行動を起こすのを待つ「Pull型」のプロモーションである。対してインターネットを介して個々人に楽曲のサンプルを送ることは、「Push型」と言えるだろう。聴き手が労力を使ずとも、気軽に楽曲を聴ける環境を提供することは、話題作りに非常に有効である。また、楽曲に対してのさまざまな意見が出てくることで、ますますその楽曲(あるいはアーティスト)に注目が集まるというわけだ。この時、前述のように、必ずしも好意的な意見ばかりが出てくるわけではないが、「その内容よりも、“どれだけの人が興味を持ってくれるか”が大事」(長沢氏)なのだ。また、悪い意見、噂が広がれば、それが即、売り上げに響くというものでもない。こと音楽に関しては、聴く人の感性やシチュエーションに大きく依存する部分が大きいので、「つまらないと言われているが、本当にそうなのだろうか」と興味を持つ人も現れてくる。
 同社の試みは、“音楽”という商品と、口コミが広まりやすいインターネットという媒体の特性を結び付けた新しいプロモーションの手法と言えよう。また、“音楽”がインターネットとの親和性に優れていることも、このプロモーション手法の追い風になっていると長沢氏は見ている。
 “H.”に関する情報配信は5月上旬に開始したばかりであり、ファースト・アルバムの発売がこれからであることから、効果を測定するのはまだ先の話だ。しかし、同社は現段階ですでにしっかりとした手ごたえを感じている。これが9月発売のファースト・アルバムの売り上げにどう結び付いていくのか、その結果に期待したい。


月刊『アイ・エム・プレス』2002年8月号の記事