新商品開発にデータマイニングを活用
(株)ポッカコーポレーションではブランド戦略策定の基礎データとして、主力商品に関しては毎月、郵送による消費者調査を実施し、その結果を商品・パッケージの改善や、広告・プロモーションの設計などに生かしている。以前はこの集計結果の分析は各担当者にまかされていたが、多くの要因(変数)の相関、因果関係を発見する作業に膨大な時間がかかり、また、分析者によって変数の読み方にばらつきが出るという問題を抱えていた。そこで数年前にデータマイニング・ツールを導入。より精度の高い分析を、短時間で可能にする体制を整えた。このデータマイニングの手法を、同社では新商品開発に当たっても活用し、成果を上げている。
同社の主力商品のひとつに、1972年発売の「ポッカコーヒー」がある。パッケージに男性の“顔”をあしらった「ポッカコーヒー」は、現在、関東地区のコンビニエンス・ストアで最も売れている缶コーヒーだ。これと並んで、1983年、同社は無糖缶コーヒーを発売したが、こちらはマス広告も打たず、大手コンビニエンス・ストアでも取り扱っていないといった理由から認知度は低く、主力商品にはなり得ていなかった。しかし1994年、競合他社が業界ではじめて無糖缶コーヒーのテレビCFの放映を開始したのを機に、同社では再度、無糖缶コーヒー市場に着目した。
無糖缶コーヒーの市場規模は94年には52億円であったが、95年は115億円、96年は160億円、97年は273億円と着実に成長している。このデータをもとに回帰分析によって将来の市場を予測したところ、1次式、2次式、3次式ともに右肩上がりで成長するという結果が得られた。そこで96年から新商品の開発を進め、98年に「クリスタルブラック」を発売するに至ったのである。
新しいターゲットを発見
この「クリスタルブラック」のマーケティングの方向性を定めるために、同社では96年11月、過去2週間以内に無糖缶コーヒーを飲用した268人に対して消費者調査を実施している。
調査の狙いは、まず、ターゲットを見つけ出すこと。年齢、性別、缶コーヒーのヘビーユーザーかライトユーザーか、また、無糖缶コーヒーと砂糖ミルク入り缶コーヒー、いずれのユーザーを対象とすべきかといったことである。
これらの項目別に単純集計を行うと、缶コーヒーの飲用頻度では2週間に2本飲んだ人の比率が最も高く、無糖缶コーヒーのみを飲用している「ブラック派」と砂糖ミルク入り缶コーヒーも飲用する「併用派」では前者が38%、後者が62%であるといった結果が得られた。また、性別と飲用頻度のクロス集計では、女性より男性に無糖缶コーヒーのヘビーユーザーが多いことがわかる。別のクロス集計では、ヘビーユーザーほど「併用派」より「ブラック派」の比率が高いという結果が得られた。
しかし、これだけではターゲット像は明らかにならない。より精緻なセグメンテーションを行うために同社が活用したのは、「SPSS」のCHAIDである。これはいくつもの説明要因を重要と思われる順にピックアップし、これによって調査対象をツリー状に分類していく方法(図表1)。何種類ものクロス集計表を作成し、それらを見比べながら結果を推測するのではなく、ひとつの画面上で試行錯誤を繰り返しつつ、重要なファクターを発見し、結論を導き出すことができる。また、「結果をクロス集計表に落とすことができるので、誰にもわかりやすく、プレゼンの資料などにも適している」(図表2)と同社営業企画 マネージャーの秋葉佳克氏は言う。
CHAIDによって導かれた結果から、「クリスタルブラック」のターゲットは3グループあることがわかった。最大のターゲットは「ブラック派」の男性。2つ目は「併用派」で新製品への関心が高い男性。そして3つ目は同社が想定していなかった新しいグループで、「ブラック派」で新製品への関心が高い女性である。
テレビCFに女性を登場させるなど、データマイニングで発見された第3のグループに向けて、同社は積極的にメッセージを発信している。
グループ別にポジショニング・マップを作成
商品やブランドの認知度、認知のされ方によって、マーケティングの手法は異なってくる。そこで同社では「クリスタルブラック」の開発に当たり、前述の郵送調査でどのような時に無糖缶コーヒーを飲むかを聞き、ポジショニング・マップを作成した。質問は「車に乗る時」「すっきりしたい時」「口さみしい時」「食事の時」など15項目。これをひとつのマップに落とすわけだ。全体の傾向を見るとともに、同社ではCHAIDで特定できたターゲット・グループごとのマップも作成し、傾向を探った(図表3)。
ポジショニング・マップの作成は「SPSS」のコレスポンデンス・アナリシスという手法で行っている。因子分析の場合には、調査票で「非常に当てはまる」「やや当てはまる」といったように5段階で回答をとる必要があるが、コレスポンデンス・アナリシスでは「YES」「NO」のみの回答でよい。「得られる情報量は減りますが、ノイズも減ります。調査票がシンプルに作れるのも利点です」(秋葉氏)といったことから、同社では毎月実施している「ポッカコーヒー」のブランド認知度調査においてもこの方法を活用しているという。
【図表1】ツリーマップの一例
セグメント結果が直感的に把握できる
【図表2】無糖コーヒー飲用本数(2週間)
ツリーマップをクロス集計表に落とし、分析結果を検証する
【図表3】コレスポンデンス・アナリシスによるポジショニング・マップ
設問同士の相関に基づいて、自動的にマップが作成される
収集された生データを入力するだけで、「SPSS」が設問同士の相関関係を割り出して自動的にマップに変換する。このマップから縦軸と横軸の意味を読み取るのは人間の仕事だ。マップごと、すなわちここではターゲットごとに軸が示す意味や重要度は異なるし、競合商品も違う。このため、ターゲットを特定した上で、複数のマップを作成する必要があるわけだ。
ほかに、ブランド支持要因についての調査結果の分析などにもCHAIDを活用し、当初の想定とは異なる競合商品を発見するといった成果を上げた。
同社では発売後も、「発売当月」「○カ月後」と数回にわたり、商品および広告に関して同様の内容の追跡調査を行ってきた。これによって「クリスタルブラック」が支持されている要因として「後味スッキリ」がクローズアップされてきたため、これをよりアピールするよう、順次、広告の見直しを図ってきた。
その結果、「クリスタルブラック」は発売以来、当初目標を上回るペースで売り上げを伸ばしており、今年1〜8月の累計で前年比300%以上を出荷。「ポッカコーヒー」に次ぐ主力商品に育ちつつある。
因果関係を見出すのは人間の役割
使い勝手の良いツールが開発されたことで、統計解析の専門知識がなくても比較的容易に有効なマーケティング・データを得ることができるようになってはいるが、やはり最後の判断は“人”に委ねられている。「コンピュータがはじき出すのはデータの相関関係にすぎません。ここから因果関係を発見できてこそ、データマイニングと言えるのです」と、秋葉氏は人間の役割の重要性を強調する。
データマイニングを行うに当たって必要とされるのは、「マーケティングの知識、ある程度の統計解析(多変量解析)の知識、それから消費者の視点でデータを読む能力、すなわち消費者行動に関する知識です。事実の背後にある因果関係に思いがおよばなければ、たとえばビールと紙おむつがいっしょに買われることが多いというデータは、ノイズとして切り捨てられてしまうでしょう」(秋葉氏)。「なぜだろう?」と意味を突き詰めていく探求心が、データを生きた情報に変える。
自社ブランドがどのように認知され、どこまで育っているかを知る手段として、また、POSデータをはじめとする販売データの裏にある意味や問題点を明らかにし、適切な対策を打つために、メーカーにとって消費者調査の継続的な実施が欠かせない。そして、ブランドという目に見えない価値を数値で把握するために、データマイニングという手法が必要なのだ。
秋葉氏は、「データマイニングで売り上げがいくら伸びたという話ではありませんが、データマイニングはクリエイティブや販売の戦略策定に大きく貢献していると思います」(秋葉氏)。同社では今後もマーケティングにデータマイニングをフル活用し、“ポッカ”のブランド育成を図っていく意向だ。