世界にひとつ!  自分だけの時計を作る

シチズン時計(株)「時計工房 マイクリエーション」

売り上げに結び付くホームページの設計

 シチズン時計(株)は、1996年10月、自社のホームページ上にオリジナル腕時計の注文に応じる「時計工房 マイクリエーション」をオープンした。広告は一切打たず、朝日新聞などに掲載されたパブリシティで告知されただけだったが、「限定1,000個」をうたっていたにもかかわらず、スタートから約2カ月で9,000件の注文を受け付けた。この反響に応え、現在では「時計工房 マイクリエーション」はホームページの常設コーナーとなり、年間を通して注文に応じている。
 「時計工房 マイクリエーション」の開設までにはいくつもの伏線があった。
 同社では91年から、生産工程の効率化を図るための技術革新に取り組んできた。それ以前、時計の製造最小ロットは1,000個単位、企画から完成までには3カ月を要していた。これを、ダミーの作成をコンピュータから印画紙出力した画像に置き換えたり、本社と営業所、工場をISDNで結び、人が行き来することなく情報をやり取りできる体制を整えるなどして、受注可能な最小ロットを100個単位に、納期を1カ月に短縮するノウハウを確立したのだ。これがパーソナル・オーダーに応じるための技術基盤となった。
 さらに94年、インターネットをどのように活用していくかという議論の中で、経営トップから「ホームページのコンテンツに、ひとつは事業に結び付くものを」との要請が出る。
 この企画に当たった企画部 メディア事業企画グループリーダー 堀明浩氏の頭の中には、「ここ何十年、時計の歴史は多様化の歴史だった。これを突き詰めていけば、ある人々にとっては、時計は自分で作るものになっていくのでは」という読みがあった。
 オーダーメイドの時計にどれだけの人が興味を示すかはまったくの未知数だったが、同社は“トライアル”の意気込みで「時計工房 マイクリエーション」をスタートさせた。その結果が期待以上の好反応であったのは、前述の通りである。

「時計」を超えた「表現媒体」として

 「時計工房 マイクリエーション」でオリジナル時計を作るためには、まず、申し込みのために必要なキットを、ホームページを介して請求する必要がある。キットは請求してから2?3日で、郵送で届けられる。
 このキットは、選択できる部品や申込方法の説明が記載されたパンフレット、オリジナルの画像の作成や発注を行うためのソフトが収められたCD-ROM、データを収納したフロッピー・ディスクを送るための返信用封筒、申込用紙とデータ内容確認書を兼ねたフロッピー・ディスクに貼り付けるラベル、商品代金を支払うための振込用紙、なぜこのサービスに興味を持ったかなどを問うアンケート用紙からなっている。顧客はまず、自分のパソコンにCD-ROMに収納されたソフトをインストールし、その指示にしたがって、発注内容を入力。フロッピー・ディスクにデータを格納する。パソコンの修練度にもよるが、データ作成にかかる時間は数時間といったところだ。データを収納したフロッピー・ディスクを返送してから約10日で、商品が顧客の手元に届けられる。価格は6,500?1万2,500円だ。
 ベルト、針、文字盤を囲むケースなどの部品は、それぞれ何十種類もの中から選ぶことができる。さらに文字盤の背景にはデジタルカメラで撮影した映像など、オリジナルの画像を使用することが可能。購入客のうち約70%が、ペットや子どもの写真など、オリジナルの画像を使用するという。
 顧客に占める20代の比率は意外に少なく、ほとんどが30代以上。これについて堀氏は、「一からモノを作るには、表現したいものをはっきり持っていることが前提条件になります。20代はまだ自我形成の中途にあり、ブランド品などを身にまとうことで満足している段階。ブランド品を持ち尽くして、それには飽き足りなくなった世代、あるいは、既成の品物では表現しきれない強烈な何かを持つに至った熟年世代でなければ、なかなか“自分だけの”商品にはたどり着けないのでは」と見る。特に「時計工房 マイクリエーション」スタート時はパソコンの普及が今ほど進んでいなかったこともあり、顧客はコンピュータに堪能で、表現意欲も高い、ひと握りの高感度層であった。
 サービス告知のクリエイティブを見て、「あ、時計か、と思う人は興味を示しません。新しい表現媒体だ、と認識する感度の高いアンテナを持った人たちだけが反応を返してくれるんです」(堀氏)。オリジナリティを加味することで、時計は単なる“モノ”の域を超えたのである。

下方の「CO-ROM」のボタンをクリックすると、申込キットの請求画面が表れる

下方の「CO-ROM」のボタンをクリックすると、申込キットの請求画面が表れる

コミュニケーションの設計

 「時計工房 マイクリエーション」は、申し込みから商品が届くまでの過程に、顧客との間に何度もコミュニケーションが発生するように設計されている。たとえば、フロッピー・ディスクが届いたらその旨のメールを返す。その後、商品のお届けまでは、顧客がホームページに氏名や住所を入力すると、製造がどの段階まで進んでいるのかを確認できるようになっている。商品ができ上がれば、「今日、発送しました」とメールで知らせるといった具合だ。申込キットやでき上がった商品には、要望や満足度を聞くアンケートを同封しているが、この返答率は30%以上に上っている。
 商品お届け後に「大満足です」「これはエンゲージリング代わりに彼女にプレゼントします」といった感想がメールやハガキで届くことも多く、これまでに約8,000通を受け付けた。もちろん、中にはクレームもある。「愛犬の写真のしっぽが文字盤から切れてしまっているじゃないか!」。期待が大きいだけに、それに応えられなかった時の顧客の怒りは半端ではないという。
 受注や商品発送にともなうメールの送信はシステムに組み込み、自動化することが可能だが、顧客から自発的に寄せられた声への返答は自動化できないため、スタッフはこれに多くの時間をとられているのが現状だ。1度の返答で相手の満足を得られるように心を砕いており、その作業は「まるで放送局のディスク・ジョッキーのよう」と堀氏は言う。しかし一方では、「これをシステム化できたら、大変な財産になる」とも。オピニオンリーダー的な存在である「時計工房 マイクリエーション」の顧客の声を企業活動に反映していくために、コミュニケーション・システムの整備が同社の今後の課題となっている。

申込キットの内容。パンフレットには選択できる部品が所狭しと並ぶ。これに加えて、オリジナルの画像をプラスすることも可能だ

申込キットの内容。パンフレットには選択できる部品が所狭しと並ぶ。これに加えて、オリジナルの画像をプラスすることも可能だ

パソコンのヘビー・ユーザー、1万5,000人のデータを蓄積

 サービス告知のための広告は、スタート以来、特に行っていない。パソコンやペット関連の雑誌、および新聞の文化欄などに載るパブリシティ、同社のホームページと、顧客からの口コミが告知活動のすべてである。作った時計は、希望すれば同社のホームページ上の「オリジナル・ギャラリー」で紹介されるが、現在、このコーナーには約1,000の、プロのデザイナーも顔負けの、アイディアいっぱいの作品が展示されている。
 「時計工房 マイクリエーション」スタート以来、これまでに受け付けたオーダーは約2万5,000個、利用者数にして約1万5,000人だ。平均して1人が2個強を注文しており、リピーターは約15%。一度に複数のオーダーがある場合にも、ひとつひとつベルトの素材や文字を変えるといったアレンジメントが加わるので、これまでに約2万5,000パターンの時計がここから生み出されたと考えてほぼ間違いない。購入者へのアンケート結果によると、使用目的は「自分用」が1位だが、「プレゼント」もかなりの割合に上っている。
 既存顧客、約1万5,000人のデータを企業活動にどう生かしていくかは今後の課題。と言うのは、同社の中心顧客層と「時計工房 マイクリエーション」の顧客層の嗜好が大きく乖離しているため、たとえば他部署の新製品の案内などを「時計工房 マイクリエーション」の顧客に送ったところで、大きな効果は期待できないと考えられるためだ。
 インターネットを受注の経路として選択した結果、「時計工房 マイクリエーション」の顧客はパソコンのヘビー・ユーザーが大半を占める。このことから、パソコン・メーカーとのタイアップによる情報発信などに顧客情報が活用できるのではないかと同社では見ている。

敷居を低くする工夫

 だが一方で、オリジナリティを追求したいと考えている人がコンピュータの知識に秀でているとは限らない。実際、孫の写真入りの時計を贈られて感激した高齢者が、自分でもオリジナル時計を作りたいが、パソコンの知識がないために注文できず、苦情の電話をかけてくるといったケースもあるという。
 そこで同社では今年、パソコンを使わずにオリジナル時計を発注できるキットを開発した。アナログのカメラで映した写真やイラストなどを、手作業で円形にトリミングし、住所、氏名など必要事項を書き込んで送付すればよい。サービス利用の敷居を下げて、顧客の裾野を広げようというわけだ。
 そのほか、パソコン教室に教材として提供したり、ゲームソフト・メーカーとタイアップして同社のホームページとリンクを張るなどの試みもはじめている。
 パーソナル・オーダーの市場はまだまだ成熟していないと堀氏は見る。しかし、一部に熱狂的な支持者が存在しているのも事実だ。たとえば時計に愛犬の写真をほどこしたいと考える顧客は、ノートの表紙にも、キーホルダーにも、同じ写真をプリントしたいと考えるだろう。他ジャンルのメーカーとのタイアップによって提供できる製品の種類を増やし、パーソナル・オーダーの魅力を高めたい、と堀氏は構想する。
 オリジナル時計は、単に時刻を表示する機械ではない。自分だけの時を刻むとはいかないまでも、愛する者の姿や大切な想いを映した文字盤は、充実した時の流れを実感させてくれるのに違いない。

パソコンを使わずに申込ができるキット。左の円の部分を用いて、写真やイラストをトリミングする

パソコンを使わずに申込ができるキット。左の円の部分を用いて、写真やイラストをトリミングする


月刊『アイ・エム・プレス』1998年8月号の記事