パーソナルな対話で“ハート”を伝える

第一勧業銀行

顧客の声を「聞く」

 業界随一の規模でアウトバウンド・テレマーケティングを展開する“ハートの銀行”第一勧業銀行が、営業店 3 カ店の顧客を対象にテスト的にテレマーケティングを開始したのは 1994 年 1 月。その翌年 1 月には東京都中央区、千葉県柏市、千葉市の 3 カ所にダイレクト・マーケティングセンターを開設して本格的な業務を開始。1996 年 10 月には京都府長岡京市に関西初のセンターを設置し、テレコミュニケーター 300 人体制で 163 カ店の個人顧客をカバーする体制を整える一方、千葉県印西市には不備な顧客データの調査・検索を集中的に行う「データ整備センター」を設置した。今後も段階的にダイレクト・マーケティングセンターを増設し、顧客との接点を拡充していく予定という。またインバウンドについては、1996 年 1 月にフリーダイヤル窓口「ハートダイヤル」を開設。こちらは、近々のスタートが予測されるテレフォン・バンキングへの布石となりそうだ。
 同行の普通預金口座は約 1,200 万だが、そのうち取り引きが継続している“生きた”口座は約半数。さらにその 9 割程度は、預金残高が 1,000 万円に満たない小口顧客である。しかし、長引く不況で資金需要が減少している法人部門に対し、個人部門は成長市場。これらの小口顧客を囲い込めるか否かが、各行の明暗を分ける大きな課題であることは間違いない。ひとりひとりに多くのコストはかけられないが、放っておいては顧客は離れていく一方だ。たとえば 100 の年金の振込口座を確保しても、アフターケアをしないと 1 年後にはそのうち 17 件が他行に移行してしまうという。
 テレマーケティングは、顧客の脱落防止の切り札だ。営業店の営業担当者は大口顧客、法人顧客への営業活動と新規顧客開拓に専念し、小口顧客に対してのきめ細かなケアはダイレクト・マーケティングセンターのスタッフが代わって一手に引き受けようというわけである。タイミングを見計らって、定期的にコミュニケーションを持続させることによって、顧客と同行の間に信頼関係が育まれる。
 いったん口座を開設したら、ほとんどの用件は ATM などの機械で事足りる現状にあって、顧客の心の中には「いつも待たせる」「金利が安い」など、銀行に対する声にならない想いがたまっている。それを「少しずつ発散していただく。そうすることによって、本物のお付き合いができるようになるのです。いつもテレコミュニケーターには『“話す”より“聞く” ことを大切にしなさい』と指導しています」と、業務開発部業務開発グループ次長の原田尚知氏は言う。

対象は主婦と高齢者

 同行で実施しているアウトバウンド業務は、約 60%が定期預金の期日案内、約 30%が年金関連、残りの約 10%が新商品のご案内などである。このうち年金に関するもの、すなわち年金の受け取りに同行の口座を指定しているお客様へのお礼コールや、口座指定のお願いコールが最も反応が良い。すでに 2 年以上テレマーケティングを実施している営業店 30カ店と、テレマーケティングをまだ行っていないか、ここ数カ月以内にはじめたばかりの 120 カ店を比較したところ、1 年間の年金受取口座獲得数が、前者では一昨年が 2,000 件、昨年が 2,500 件だったのに対し、後者は一昨年で 8,000 件だったが、昨年はわずか 700 件にとどまったという。
 これはひとつには、同行のアウトバウンド業務が平日の午後 10 時から午後 4 時までの時間帯に行われているため、年金の受給年齢に達している、あるいは、間もなくその年齢に達する高齢者への本人到達率が、そのほかの年齢層に比べて非常に高いという理由にもよる。電話をかけても不在の場合には日や時間を改めて 3 回までかけ直すが、年金に限らずアウトバウンド業務全体で見た場合、1 回目で約 35%、3 回のコール終了時点で約 75%の相手と話ができているという。
 キャンペーンの内容や、対象となる顧客リストは各営業店が企画・作成、「営業店情報システム」の端末からオンラインでセンターに送る。「資料送付希望」「来店意志の表明」といった顧客の反応は、同様にオンラインで翌朝には営業店にフィードバックされる。
 テレコミュニケーターが電話をかける時に端末に映し出される画面には、住所などの世帯情報、家族構成、取引明細、交渉履歴、交渉結果などが表示されている。このような詳細な顧客情報がないと「お客様話は、 “あなたの営業成績のために”電話をしてきている、と思われる。きちんとした情報に基づいてご案内をしてはじめて、“私のために”電話をしてくれた、と思ってくださる」(原田氏)のだ。この「営業店情報システム」構築のために、同行では多額の費用を投じた。
 対象者は業務時間内に在宅している確率の高い高齢者、および主婦層。さらに、営業担当者が定期的に訪問している顧客、あらかじめ電話での各種通知を「希望しない」と答えた顧客などは対象者リストから除いている。また、一度電話した結果、案内を歓迎していないと思われる顧客は、次回よりリストからはずしている。同行ではこれまでの経験から、現在対象としている高齢者や主婦は“電話に馴染む顧客” であるという感触を得ている。
 ひとりのテレコミュニケーターが 1 日にこなす電話は80 〜 100 件。1 カ月にすると約 1,000 件に達する。応対に当たるのは 40 日間の研修を終えた平均 35 〜 40 歳の女性。生活実感を持ったスタッフだからこそ、顧客の真意を聞き取ることができるのだ。スーパーバイザーひとりとテレコミュニケーター 10 人がひとつのチームを組んで業務に当たっており、原則として営業店ごと、顧客ごとに担当のチーム、担当スタッフを固定することによって、きめ細かな、ハートフルな応対を実現させている。

センター風景。テレコミュニケーター 10 人と、ひとりのスーパーバイザーがチームになって業務が進められる

センター風景。テレコミュニケーター 10 人と、ひとりのスーパーバイザーがチームになって業務が進められる

データ整備に威力を発揮した「ハートのエース」

 同行では昨年 10 月、新サービス「ハートのエース」をスタートさせて業界内外の話題をさらった。これは取引実績によってポイントを発行し、一定のポイント数に達すると定期預金や貸付の金利優遇などの特典を与えるというもの。少なくとも表向きには万人に画一のサービスを提供してきた銀行においては、画期的な試みであった。給料の受け取りが 20 ポイント、公共料金の自動支払いが電話、電気などそれぞれに 5 ポイントなどとポイントが決められており、合計 20 ポイントでファースト・ステージ、50 ポイント以上でより大きな特典が付与されるセカンド・ステージの資格が得られる。
 サービス開始前の昨年 8 月には、すでに 10 ポイント以上の取り引きがある顧客約 250 万人に、あらかじめポイント数が印字されており、捺印するだけで申込書として利用できるタイプのダイレクトメールを送付。テレビ、新聞、雑誌などでも幅広く広告を展開して申込者を募った。その結果、1996 年末現在で、申込者は 50 万人を上回った。ファースト、セカンド・ステージそれぞれの該当者は約 10:1 の割合である。
 サービス利用に事前の申し込みを義務付けたのは、本人が意識して取り引きを同行に集約、拡大するのを狙ってのことだ。「申込者をいくら獲得しても当行にはメリットがない。取引集約をしてメリットを受けたいという意思表示をするお客様が、本商品の対象客なのです」(原田氏)。「ハートのエース」には脱落防止、取引集約を顧客自らに選択、実行させる仕掛けが盛り込まれているのだ。効果は予想以上に上がっているという。
 しかし同サービスは、単なる取引拡大の起爆剤ではない。顧客とのパーソナルなコミュニケーションを可能にする、顧客データ収集のツールとしての真価が期待されているのである。
 これまで銀行は、新約時の一発勝負で顧客情報を収集してきた。口座開設の申込用紙には生年月日、勤務先などいくつもの記入欄が設けられているが、今まで付き合いのなかった銀行に数々の個人情報を進んで開示したいと思う者はない。銀行側にとっても口座開設が第一義。綿密な顧客情報収集に躍起になることはない。そしてここで収集できなかった情報のほとんどは、その後付け加えられたり変更されたりすることのないまま終わってしまうのが常であった。これではパーソナル・マーケティングの展開など夢のまた夢である。
 「ハートのエース」開始告知のダイレクトメールは、パーソナル・データ整備の“ファースト・ステージ” となった。申し込みとともに、顧客自らがデータを書き加え、更新してくれる。同行はこれを着実にデータベース化。緻密な分析を行った上で、次なるマーケティングを仕掛けようとしている。アウトバウンド・テレマーケティングにおいても「年金のお受け取りに当行の口座をご指定いただければ、貸金庫が年間 1,000 円割引でご利用になれます」といったように「ハートのエース」をかませた情報提供を実施、効果を上げている。
 顧客データはマーケティング活動展開の基盤。これなくして、顧客満足を得ることはできない。しかしまた、これだけでは不十分だと原田氏は語る。「私の経験上、納得のいくまでデータ分析を行ってクロスセリングの電話をかけても、10 人中 9 人のお客様は拒否なさる。データだけでは本当のところは見えてこないんですね」。同行は今、データ以上のもののデータベース化に挑戦している。

顧客データ収集にも効 を表している同行の新商品「ハートのエース」のパンフレット

顧客データ収集にも効果を表している同行の新商品「ハートのエース」のパンフレット


月刊『アイ・エム・プレス』1997年2月号の記事