コーヒーからチョコレート、ペットフードに至るまで、数々の製品を提供しているネスレ日本(株)。同社では、2009年4月に既存のセンターを統合するかたちで「ネスレ VOC センター」を新設し、さらなる消費者満足とロイヤルティーの向上を目指す体制を整えた。同センターは、テレコミュニケーション会社と連携して運営しているが、一部、OBや社員の家族による在宅コミュニケータを活用。優秀なスキルと経験を生かしている。
センターを統合してネスレ VOC センターを新設
ネスレ日本(株)は、スイスを本拠地とする世界的な総合食品飲料企業として知られるネスレグループの日本法人である。コーヒーの「ネスカフェ」、クリーマーの「ブライト」、麦芽飲料の「ミロ」、チョコレートの「キットカット」、調味料の「マギー」、ペットフードの「モンプチ」など、数々の高品質な製品を日本の消費者に提供している。
ネスレグループの製品販売数は、グローバルレベルで毎日10億個以上。年間900億スイスフラン(約9兆円)を超える売り上げを達成している。1日の販売数、年間売上高は、消費者が数ある製品の中からネスレ製品を選んだ結果の積み重ねであり、この積み重ねによって同社は存続することができる。そのため、消費者の声に真摯に耳を傾け、ニーズにこたえていかなければならないという考えの下、消費者とのコミュニケーションを図っている。
同社が、消費者やトゥギャザー・ネスレメンバー(ネスカフェのロイヤルユーザー)170万人と直接対話するための窓口として設けているのが、「ネスレ VOC センター」(以下、VOC センター)である。VOC センターは、製品の一般的な問い合わせに対応する「ネスレお客様相談室」とトゥギャザー・ネスレ会員を対象とした「トゥギャザー・ネスレ リレーションシップ・センター」を統合するかたちで、2009年4月に新設された。同社ではVOC センターを①消費者一人ひとりとの感情的な絆をつくる場、②健康や栄養に関するコミュニケーションの場、③消費者の声を体感し製品やコミュニケーションに反映するインサイト(消費者の本音)を見つけ出す場と位置付け、「ネスレお客様相談室」がもつ深い製品知識と、「トゥギャザー・ネスレ リレーションシップ・センター」で培ってきた消費者との感情的な絆づくりのノウハウを生かし、さらなる消費者満足とロイヤルティーの向上を目指している。
トゥギャザー・ネスレのメンバーサイト(左)/お客様相談室のサイトでは、コーヒーやチョコレートに関する情報を紹介しているほか、よくある問い合わせをQ&A形式にして検索できるようにしている(右)
コミュニケータの採用条件は「人を喜ばせることが好き」と「生活実感への共感力」
現在VOC センターは、「ネスレお客様相談室」「トゥギャザー・ネスレ リレーションシップ・センター」に、家庭用のカプセル式ホームバリスタシステム「ネスカフェ ドルチェグスト」に関する問い合わせに対応する「ネスカフェ ドルチェ グスト サポートデスク」を加えた3センターで構成されている。
受付窓口には、電話、eメール、郵便を利用。電話回線には、NTTコミュニケーションズ(株)のフリーダイヤルサービスを導入し、センターごとに異なる番号を使用している。受付時間帯は、「ネスレお客様相談室」および「トゥギャザー・ネスレ リレーションシップ・センター」が、土日・祝日を除く午前10時から午後5時まで。「ネスカフェドルチェ グスト サポートデスク」が、日祝日を除く午前10時から午後8 時までとなっている。
VOC センターの運営は、同社とテレコミュニケーション会社とで行っている。コミュニケータ数は、常時50名前後、最大で約80名。このうちの50%弱を「トゥギャザー・ネスレ リレーションシップ・センター」、40%弱を「ネスレお客様相談室」、残りの10%強を「ネスカフェ ドルチェ グスト サポートデスク」に配置している。
外部委託スタッフの採用・教育は、テレコミュニケーション会社が行うが、同社では採用基準として、コールセンターでの勤務経験よりも「人を喜ばせることが好きであること」「主婦で消費者の生活実感に共感できること」の2点を重要視するよう依頼。採用後の導入研修では、製品情報の知識取得のほか、同社のスピリッツやミッションを共有するためのセッションを設けている。
また、全スタッフに対し、日報会議でコミュニケータの会話内容に対するVOC センターの思いや要望を伝えており、VOC センターでは、これがミッションの共有やクオリティの向上につながると見ている。
VOC センターではVOCの収集に熱心で、製品パッケージに「お客様の声をお聞かせください」というメッセージと「ネスレお客様相談室」の連絡先を記載している
繁忙期への対応策としてマルチタスクスキルを習得
VOC センターでは、応答率などの数値管理を行っているが、それよりも重視しているのがセンターミッションである、「対話により感情的な絆をいかに強化できるか」「有効なインサイトをいかに獲得できるか」という点。従って、「トゥギャザー・ネスレ リレーションシップ・センター」を中心に、充実した会話であれば長い方が良いという考えをベースとしていることから、平均通話時間は6分前後と長めだ。
eメールへの対応は、担当者が1件1件読み込み、個別に対応。ここでも、対話による感情的な絆づくりを実践している。
受け付けから返信までの期間は、通常期で24時間以内、繁忙期で48時間以内が目安。繁忙期は問い合わせ内容を分類し、定型で返信できるものはeメールを共有・一括管理するグループウエアのメールディーラーを活用して、効率的に対応している。eメール対応は、基本的には専任体制を敷いているが、繁忙期には柔軟に対処できるよう、コミュニケータにマルチタスクスキルを習得させているところだ。
VOC センターに寄せられるコンタクト数は、年間約18万件。内訳は、電話が90%、eメールが10%弱、郵便が数%となっている。応対履歴はデータベース化され、製品開発・改善、POPやダイレクトメールなどのコミュニケーションといった、事業活動におけるさまざまな場面で活用されている。
また来春には、イントラネット上での全社的なVOC公開を予定している。これが実現すれば、ますますVOC活動が盛んになるだろう。
神戸本社内に設けられているVOC センター。3つのセンターのスタッフのほかに、CRMチームや広告代理店のスタッフも常駐している
2003年から在宅コミュニケータを活用
受付体制で特筆すべきことがある。それは、「ネスレお客様相談室」の一部に在宅コミュニケータを採用していることだ。
在宅システムを導入したのは統合前の2003年。通勤はできないが、在宅勤務が実現すれば質の高いサービスを提供できる人材がOBや社員の家族の中にいた。そのロイヤルティーの高い人材を活用することはできないかという発想が、在宅コミュニケータ採用の大きなきっかけとなったのである。このほか、当時課題となっていた、優秀な人材やセンタースペースの確保の解決策としても期待されていた。
在宅システムは、基本的にテレビ会議システム、インターネット、フリーダイヤルの管理システムによって構成されている。在宅コミュニケータは6名で、キャンペーンへの応募に関する問い合わせや取扱店の照会といった一般的な用件に対応。製品の検査をして欲しいなど、他部門との連携が必要となる用件については、VOC センター内のお客様相談室で対応している(図表)。
在宅コミュニケータを孤立させない工夫
在宅コミュニケータの教育と応対品質の管理はどのように行っているのか見てみよう。
製品知識の更新などの教育については、テレビ会議システムを使用して本社VOC センターのスタッフと合同で実施し、音声表現など対面での教育が望ましいものに関しては、出勤してもらっている。また、応対品質の管理については、在宅コミュニケータ一人ひとりを自社のトレーナーがサポートしている。
基本的に、電話での応対はコミュニケータがひとりで行うものである。そのため、周りにたくさんの仲間がいても、ひとりで仕事をしているような感覚に陥ることがあるという。在宅であれば、その感覚はなおさら強くなるのではないだろうか。そこで、VOC センターでは在宅コミュニケータが孤立しないよう、本社センターのモニターに、本社スタッフと同様に着座しているように在宅コミュニケータを大きく映し出しているほか、在宅コミュニケータ側からも、本社センターの様子が把握できるよう、テレビ会議システムやチャットを多用。情報共有や研修などにおいて、本社スタッフと同等の環境をつくることに努めている。
定着率の高さが消費者満足とロイヤルティーの向上に貢献
在宅コミュニケータの採用から早6年が経過しているが、まだ退職したコミュニケータはひとりもいない。もともとのロイヤルティーの高さが定着率に大きく影響していると考えられるが、先に紹介した自社トレーナーによるサポートや在宅でも孤立させない工夫、そして業務を通じて培われた在宅コミュニケータたちのチームワークの良さも、定着率を高めていると考えられる。質の高いサービスを提供できるコミュニケータが長年にわたり勤務し続けることは、VOC センターのミッションである消費者満足とロイヤルティーの向上に貢献しているに違いない。
VOC センターでは、今後、多様な人材の能力を生かすというネスレグループが進めるダイバーシティをサポートする施策としても、在宅コミュニケータの需要が増していくと考えている。
さらに、今後のIT革新を予測すると、在宅システムは非常にポテンシャルが高い仕組みである。在宅で行う業務にもよるが、電話対応がメインの業務であれば、オフィススペースと通勤時間が不要という在宅システムの利点をフルに生かすことができ、在宅システムの活用範囲が広がるのではないかと見ている。