人々のスポーツマインドを刺激し、世界No.1のスポーツ&フィットネスカンパニーとして揺るぎない地位を確保するナイキ。 その日本法人である(株) ナイキジャパンは、1981年に日商岩井とのパートナーシップにより設立された。 以降、ナイキジャパンはナイキのグローバル戦略において重要な販売拠点のひとつとなる。 今回は、ナイキジャパン本社内にあるエンドユーザーを対象としたお客様相談室を紹介する。
市場拡大に伴いお客様相談室を開設
(株)ナイキジャパンがお客様相談室を開設したのは1981年の設立よりしばらく時を経てからのこと。設立直後に開設していた、販売店を対象に出荷状況の確認などを受け付けるカスタマーサービスから枝分かれするかたちで、お客様相談室が開設された。
開設の理由は、日本市場におけるビジネスの拡大にある。米国本社から独立して、100%子会社としてナイキジャパンが出発した当時、ランニングシューズ市場はそれほど大きい規模ではなかった。80年代前半にジョギングシューズ・ブームが起こったものの、ジョギングシューズ市場における同社の占有率はまだまだ低かった。その後、ファッション業界で「AIR MAX95」がフォーカスされたり、NBAブームが巻き起こったことを契機に、ナイキブランドは日本中に知れ渡ることになる。こうして、同社の年間取引量は飛躍的に伸びたが、同時に模造品が出回るようになった。そこで、エンドユーザー(以下、顧客)をケアする体制が必要と判断したのである。また、ナイキブランドに対する顧客の期待が高まる中、総合的な問い合わせに対応する窓口の開設が急務でもあった。
熱烈なファンには情報武装で対応
具体的な受付内容は、①一般的な商品に関する問い合わせ、②雑誌掲載やイベントに関する問い合わせ、③商品クレームの3つ。このうち最も多く寄せられるのが①で、7割弱を占める。新製品の発売日や取扱店舗の照会にとどまらず、過去のモデルの取扱時期や当時の販売価格など、その内容は多岐にわたる。②についても、例えばイベントに関する問い合わせであれば、会場の場所から駐車場のキャパシティーにまで及ぶ。また、日本未発売の商品に関する問い合わせが寄せられることもある。例えば、米国では日本で取り扱いのないバレーボール、アイススケート、アメリカンフットボールなどのアイテムを扱っている。気軽に海外旅行へ出かけられるようになった今日、海外で日本では売られていないナイキ商品を購入してくる顧客も多く、こうした商品に関する問い合わせが寄せられるのである。加えて、お客様相談室に寄せられる問い合わせの多くは、ナイキに関する豊富な知識を持つ熱烈なファンからのもの。お客様相談室での対応はまさに情報量の勝負なのだ。
そこで不可欠なのが情報武装。各種カタログ情報がデータベース化されているほか、コミュニケータには出荷実績などに関するデータベースにアクセスできる権限が与えられており、これらを活用して的確な情報提供に努めている。
同社の商品はシーズンごとに展示会を行い、そこで受注した分のみ生産される。商品の仕上がりは半年後になるため、仕様が変更になったり、製造が中止になるケースがある。このような変則的な情報については、各部署からイントラネットで報告してもらうよう呼びかけている。お客様相談室は、今や全社において顧客と直接対話する最前線として認知されており、顧客が目にする可能性のある情報はどんなに些細なことでも確実に報告がなされているという。
これらに加えて、コミュニケータの教育も情報武装の一環である。新しいカテゴリーの商品や、問い合わせが集中すると予測される来シーズンに展開する広告やクローズアップする商品に関しては、担当部署の協力を得て勉強会を開催している。
販売店に配布しているバスケットボールアイテムのパンフレット。裏表紙中央に、お客様相談室のフリーダイヤル番号が記載されている
システムとフリーダイヤル機能の併用で効率的な運営を実現
お客様相談室の告知媒体には、雑誌広告、Webサイト、店舗に配布する小冊子およびカタログを活用している。
電話での受け付けには、顧客の利便性向上を目的に、NTTコミュニケーションズのフリーダイヤルサービスを導入している。顧客からの要望に加えて、昨年のFIFAワールドカップ開催時にコール数の増加が予測されたことから、2002年6月より携帯電話など移動体通信からの着信を可能にした。現在、移動体通信と一般加入回線の利用比率は4対6。移動体通信からの着信を開始する際、コスト増が懸念されたが、現時点では大きなコスト増には至っていないという。
受付時間帯は、月曜日から金曜日の午前9時から午後5時まで。土日・祝日は休業となっている。受付時間外および休業日には、フリーダイヤルの付加サービスのひとつである「時間外着信案内サービス」を利用して、受付時間帯と営業日をアナウンスしている。
基本的に電話の受け付けは5時で終了するが、その後もコミュニケータの業務は続く。日中、連絡をとることが難しい顧客へのコールバックや調べものをしているのである。きちんとした回答を用意し、たとえ受付時間外であっても顧客の都合に合わせてコールバックするといったことの積み重ねが、顧客との信頼関係を築いているのだ。
問い合わせ内容の入力もコミュニケータの仕事。応対しながらでも入力できるよう、操作性に優れた作りになっている。発信地域、媒体名、商品カテゴリーなどプルダウンメニューから選択する項目を多くし、キーボード入力は問い合わせ内容のみとなっている。発信地域情報の取得には、フリーダイヤルの発信地域案内機能を利用している。
コールセンターシステムは非常にシンプル。コールを着信すると、ACD機能で待機中のコミュニケータに振り分ける。顧客情報や過去の応対履歴を必要とするテクニカルサポートと違い、同社お客様相談室での業務には、大がかりなコールセンターシステムの必要性は低い。そこで、導入システムは最低限にとどめ、フリーダイヤル機能を併用しながら効率的なセンター運営を実現しているのである。最近では、お客様相談室という業務の内容上、言った言わないの口論を避けるためにも全件通話録音の必要性を感じており、近々ボイスロギングシステムを導入する予定。同時に、コールモニタリング機能とワンプッシュコールバック機能の追加も予定しているという。
通話時間が長くなっても顧客満足を優先
同社のお客様相談室には、回答マニュアルというものがない。その理由は、 問い合わせ内容がさまざまで、かつ一時的なものばかりだからだ。また、顧客は十人十色であり、満足していただける対応は千差万別である。例えば、同様のクレームが2人から寄せられ、それぞれにマニュアル通りの対応をしたとする。もちろんスタッフのトークは完璧。 しかし、2人ともそれで満足するとは限らないのである。お客様相談室では、マニュアル通りのオペレーションを推進するのではなく、顧客と相談しながら解決策を導き出すなど、顧客一人ひとりに合った対応をすることに努めている。そのため、通話時間は長くなる傾向にあるという。平均通話時間は3~5分だが、長いものでは30~40分に達する。
チャネルと顧客情報の一元管理が課題
また同社では、Webサイトでも問い合わせを受け付けているが、これへの対応はWebサイト運営部署が担っている。受付チャネルが違っても問い合わせ内容は変わらないのが実際のところ。同社では、対応の均一化を図るためにも、いずれは組織を統合する必要があると考えているが、今は互いに連動を図りながら情報を共有することに努めているという。
一般的にeメール対応は、一度で終わらないケースが多いもの。質問と回答を繰り返してようやくクローズに至る。その反面、電話はその場でやりとりができるため短時間でクローズができる。そのため、eメールで寄せられた問い合わせにはお客様相談室に電話してほしい旨を返信し、口頭での回答を促しているのが現状。しかし、一般家庭へのインターネット普及率は年々高まっている。特に同社の顧客は若年層の比率が高いことから、インターネットユーザーでもある確率が高い。また、日中の電話連絡が難しいといった理由からeメールでの回答を望む顧客もいる。すでに米・ナイキのお客様相談室では、eメールで顧客とのやりとりが行われていることからも、チャネルと顧客情報の一元管理が今後の課題となっている。
Webサイト上の問い合わせ受付画面。画面上方で、お客様相談室を告知している
日本の顧客の声に世界も注目
お客様相談室では、顧客の声を今後の対応に活かそうと、客相掲示版を作り、お客様相談室内の情報共有を図っている。しかし、情報量が多くなるにつれ、コミュニケータの閲覧頻度が落ちているのが実際のところ。有意義に活用すれば、応対のスピードアップにもつながるため、何とかこの状況を打破し、確実に情報を共有できる仕組みを確立したいところだ。
また、顧客の声の共有を、全社的にも推進している。お客様相談室は、顧客と直接対話する社内で唯一の部署。そして、第三者的視点から社内を俯瞰できる部署でもある。これを活かして、日々寄せられる顧客の声の中から、問題提起を行っているのである。具体的には週に1度、全社に向けてレポートをeメールで配信。レポートでは、問題提起のほかに男女比やカテゴリー別の分析結果も併せて報告されており、各部署ではこれをもとに自分たちの商品に対する顧客の反響を知ることもできる。また逆に、各部署から個別に顧客の声についての問い合わせが寄せられることもしばしば。eメールで回答することもあれば、必要に応じてミーティングが開かれることもあるという。
同社では、“お客様相談室のレポート=顧客のメッセージ”という認識が高く、どの部署も問題提起に対して非常に協力的だという。
顧客の声をもとにした業務改善は社内にとどまらない。例えば、限定品の販売方法について、以前は取扱店の裁量に任せていたが、取扱店や顧客から混乱のないよう販売、あるいは購入したいという要望があり、現在では、最も公平でベストな方法と認知されている抽選販売が主流になっている。お客様相談室のスタッフは、実際にこうした改善を体験することで、日々の取り組みが活かされていることを実感し、モチベーションを維持・向上させているのである。
また、お客様相談室に寄せられた顧客の情報は、各国のナイキからも注目されている。日本人は商品の品質に対して厳しい目を持っているというのがその理由。例えば、欧米の消費者にとっては問題のない商品であってもクレームが寄せられる。こうした声は、商品のスタンダードを高めていくことに役立つ。このことが、ナイキジャパンの役割と可能性を大きく飛躍させ得るのである。これもまた、スタッフのモチベーションを向上させるひとつの要因となっている。
明るく和やかな雰囲気がただようナイキお客様相談室。前方には、受付状況を表示するモニターが設置されている(写真左)/コールセンターではあまり見かけない、L字型のデスクを採用。カタログや商品などを置けるスペースがあり、使い勝手が良さそうだ(写真右)
強固なチームワークが心の支え
業務内容を問わず、コールセンター運営の課題に上るのが、コミュニケータの教育である。同社お客様相談室も例外ではない。現在、同相談室では、商品に関する勉強会のほかに、週に一度のミーティングで簡単な応対話法をトレーニング。コールセンター見学会やセミナーにも積極的に参加している。さらに今後は、応対品質の均一化を図るためにも、外部講師による一斉トレーニングを定期的に実施する意向。まず第一段階として、言葉遣い、発声など応対の基本を学ぶ。ゆくゆくは、交渉やトラブル対応といった高度な話法もメニューに加えていくという。
もうひとつ、課題として挙がっているのが、コミュニケータのメンタルケアだ。前述の通り、お客様相談室には多岐にわたる問い合わせが寄せられ、その内容は電話に出て初めて分かる。このことが、コミュニケータに非常に強いストレスを与えているのが実状。情報武装の強化は、ストレスに対抗するための一手段ではあるが、一方では心の支えも必要だ。そこでお客様相談室では、不測の事態が発生した場合には社員にエスカレーションできるよう、人的なバックアップ体制を敷いている。これまでも、電話に出るのはひとりでもスタッフ一丸となって対応していこうと、チームワーク作りに注力してきた。今後もより一層、強固
なチームワークを育んでいきたいとしている。しかし、ここで注意が必要なのは、それにスタッフが甘えないようにすること。たびたびエスカレーションしていては、スタッフのスキルが向上しないだけでなく、マネジメントといった社員の本来の業務に支障をきたす可能性があるからだ。
また、商品データベースを構築したり、研修を行うなどして情報武装に努めても、ゴルフ、サッカー、バスケットボールなど、すべてのカテゴリーに精通することは難しい。現在、非常に専門的な問い合わせには、各担当部署に対応を依頼しているが、将来的にはお客様相談室内で、各カテゴリーのスペシャリストを育てたいと考えている。
全世界のナイキが注目する日本市場。そこでの活きた情報を収集・発信する、ナイキジャパンお客様相談室の今後に期待したい。