2022年5月11日
弊社が1995~2104年に発行していた月刊『アイ・エム・プレス』では、多くの経営者やマーケター、あるいは顧客サービス担当者を取材させていただきましたが、そのうちのお一人がホットリンク代表取締役グループCEO 内山 幸樹さんです。内山さんとのお付き合いが始まったのは2008年のこと。当時はWeb2.0の旗振り役として、ソーシャルリスニングの重要性を説いておられましたが、今ではホットリンクを経営する傍ら、「多様な家族形態が当たり前のように認められる社会の実現」をビジョンとする非営利団体、Famieeを立ち上げ、Web3.0を活用した社会変革に取り組んでおられます。そこで2022年3月に、かつて弊誌で語っていただいたことの続きとも言えるインタビューを実施、その模様を2回に分けてリポートします。
■ビッグデータの事業化に向けて
――内山さんに初めてお目に掛かったのは2008年のことでしたが、当時、ホットリンクのホットが英語のHotではなく、“ホッとする”から付けられたと言われていたことが印象に残っています。当時はWeb2.0が注目されていた時代で、ホットリンクがソーシャルメディア分析ツールである「クチコミ@係長」のβ版をリリースしたのもこの年でした。それから十数年を経た今日では、Web3.0が時代のキーワードになると共に、その基盤技術であるブロックチェーンが注目されるようになっています。まずはこの間のホットリンクのビジネスの変遷をお聞かせいただけますか?
内山:ホットリンクの前身は検索エンジンの会社でした。人に優しい検索エンジンを開発するためには、人間による判断が欠かせません。つまり人間の知識を集めて共有化し、それを人工知能が学習して初めて、そのホームページが人に優しいとか、人を感動させるといったことを検索エンジンが判断することができるわけです。さらにユーザーは検索結果を見てこれが好きとか、嫌いといった解釈をするので、これをまた人工知能に学習させる。こうした人工知能と人間が知識を循環させる社会インフラができて初めて、“ホッとする”社会ができるだろうという想いのもと、2000年にホットリンクを設立しました。
当初は、ユーザーのブックマーク情報やホームページに対するコメントなどを集めて、知識を循環させるインフラを作ることに取り組んでいたのですが、その後、ユーザーの知識を社会で共有していく入り口にはブログが適しているのではないかと思い、日本で最初期のブログのポータルサイトを立ち上げました。しかし、それまでの検索エンジンがキーワードを入れると「このホームページを見ればよい」と情報の所在を指し示すものであったのに対して、ブログやTwitterでは情報が細切れになっています。そこで、特定のキーワードに関する意見を要約してくれる検索エンジンが必要だと考えて、ブログの分析エンジンの研究に着手。これが「クチコミ@係長」へと発展していったのです。
――弊社が発行していた月刊『アイ・エム・プレス』に連載をご執筆いただいたり、セミナーに登壇していただいたりしていた頃ですね。
内山:その後、上場して世界に事業展開しようと、まずはそのための戦略を練りました。ソーシャルメディア上のデータを初めとするビッグデータをマネタイズするには、データを「収集する」「分析する」「活用する」の3つのステップがあります。上場するまでは、ソーシャルメディア上のデータを収集・分析するツール提供していたわけですが、米国には既に類似のツールがありましたし、中国ではデータ自体が手に入らない、東南アジアでは国ごとに言語が異なるという中、今後はデータを集めることが重要な時代になると見て、当時、世界中のソーシャルメディアのデータを収集・提供していた企業を買収しました。そうして世界展開を図ったのですが、思ったほどにはビジネスが拡大しませんでした。
その当時、折しも中国の“爆買い”が注目されており、多くの企業がこのトレンドをうまく掴みたいと考えていました。しかし、国土が広く、人々の階層が別れていれば、変化も速い中国市場を、従来からのマーケティング・リサーチで捉えるのは容易ではありません。そこで、中国のソーシャルメディア上のデータをビッグデータ解析することで、中国市場のトレンドをリポートするという定額制のサービスを開始したのです。
このサービスは初期段階では好評を博したのですが、ある時を機に、複数のご利用企業から、「中国の消費者の動向はよくわかったが、それを受けて我々はどうしたら良いのだろう?」という相談が寄せられました。データを収集・分析しても、それをどう活用したら良いのかがわからない。これは「クチコミ@係長」の時も同様だったのですが、日本企業はビッグデータを活用するに当たってのプランニング能力に乏しく、そのことがビッグデータ分析を事業化する上での大きな障害になっているということに気づきました。
そこで中国の案件について、僕らの方でコンサルティング、さらにはプロモーション支援に着手してみたところ、お客さまの予算がリサーチ予算から宣伝広告予算に変わるとともに、売り上げが大きく伸び始めました。こうして「収集する」「分析する」「活用する」の3つのステップを垂直統合してラスト・ワン・マイルまでを手掛けることにより、ビッグデータのマネタイズをスケールさせられるのではないかという仮説が立ち、日本においてもソーシャルメディアによるプロモーション支援事業を本格展開することになったのです。
この結果、中国のみならず国内の案件も伸び始めたことから、それまでのビッグデータ分析の事業からソーシャルメディア・マーケティングを支援する広告代理事業に軸足をシフトしようということで、2019年末に大舵を切りました。現在、それから3年が経過したところですが、当時は売上高が30数億円だったものが今では80億円弱へと急拡大するに至っています。
■多様な家族形態が認められる社会の実現を目指してFamieeを設立
――そして2019年には一般社団法人Famieeを設立し、その代表理事に就任されていますね。ここでFamieeについてご説明いただけますか?
内山:Famiee(ファミー)は、「多様な家族形態が当たり前のように認められる社会の実現」をビジョンに、住んでいる場所にかかわらず取得・利用できる家族関係証明書をブロックチェーンを活用して発行する団体です。現在、発行しているのは、同性カップル向けのパートナーシップ証明書のみですが、今後は夫婦別姓を求める異性カップルなどを順次、対象に加えていきます。これと両輪で進めているのが、その家族証明書を持っていくと、従業員や顧客を対象としたサービスにおいて、家族と同等の扱いを受けられる企業・団体のネットワーク作りです。
――具体的にはどのようなサービスを想定されているのでしょうか?
内山:現在、利用企業は70社超を数えており、サービス内容は、従業員向けでは福利厚生、顧客向けでは携帯電話会社の家族割引のようなおなじみのサービスから、生命保険の受取人に指定できる、住宅ローンにおける収入合算ができる、病院でのインフォームドコンセントへの同席や手術の同意書への署名ができるなどさまざまなものがあります。
――日本では同性婚は認められていませんから、これを望む人たちにとっては、大きな意味がありますね。Famieeを立ち上げられた経緯は?
内山:僕はそもそも、LGBTについては不勉強だったのですが、たまたまこれに関するパネルセッションを受講したところ、セッションの最中に思いあまって涙が止まらなくなり、終わるや否やパネラーの方々に「何か手伝わせてください」と申し出たのがきっかけです。その後、ホットリンク社内で研修を実施したり、社内制度を変更したりしてLGBTの方々への支援を強化していったのですが、折しもその当時、社内ではブロックチェーンに関する研究開発を進めており、この2つが結び付いてFamieeを立ち上げることになりました。
――LGBT支援とブロックチェーンが結び付いたというと?
内山:ブロックチェーンは社会基盤になりうるテクノロジーだと思うのですが、その実用化はなかなか進みませんでした。理由としては、ランニングコストは低いものの、既存の社会システムをブロックチェーンに置き換えるために多くのシステム移転コストが掛かるということがあります。また、多様なステイクホルダーを巻き込んで共通のデータベースを作るようなところがあるので、これを営利でやろうとすると、ステイクホルダーがそれぞれ利権を抱えていて一筋縄ではいきません。こうした中、研究開発を積み重ねているうちに、ブロックチェーンの仕組みはソーシャルグッド、すなわち社会のためになり、かつ過去には存在しないサービスにフィットするのではないかと思うに至ったのです。
もうひとつ、証明書を発行すること自体は簡単ですが、発行者には大きな責任が伴い、これを全うするためにはブロックチェーンを使わざるを得なかったということもあります。Famieeの家族関係証明書は戸籍に近いものなので、2世代後、3世代後の子孫たちが自らのルーツを探れるようにデータを残す義務があると思うのです。とは言え、非営利団体が数百年に渡りデータを保持し続ける責任なんて負えるわけがありません。しかし、ブロックチェーンは、例えば今のビットコインなど仮想通貨の仕組みがそうなのですが、“株式会社ビットコイン”のような中央の組織が存在しないにもかかわらず、世界中の人たちが勝手にコンピュータを繋げて世界通貨の仕組みを作り、この10年以上にわたり一度もシステムが落ちたことがありません。これは戸籍のようなデータにはぴったりだと思ったのです。
――最近ではブロックチェーン上に記録されるNFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)を活用した「NFTアート・チャリティ・オークション」に挑戦されましたね。
内山:Famieeは非営利の一般社団法人です。収益がないので、多様な家族形態が当たり前のように認められる社会の実現に共感してくださる方々の寄付で成り立っています。しかし、信頼してくださっている方を辿って寄付をお願いしていくと言っても、どこかで人脈が枯れてしまいます。そこで、サステナブルな形での資金調達方法がないかと模索した結果、Famieeがブロックチェーンを使っていることもあり、NFTが資金調達方法になりうるのではないか。単なる寄付ではなくNFTでモノを購入することが社会貢献に繋がれば、資金が集めやすくなるのではないかと思ったのです。
――オークションの成果をお聞かせいただけますか?
内山:2022年1~3月に、このプロジェクトに賛同してくださるアーティスト2名から作品を寄付していただき、これをチャリティ・オークションに掛けたところ、200万円強の資金を集めることができました。またこの経験を通して、NFTで資金集めをする上での留意点も見えてきました。ひとつは、ウォレットや仮想通貨が必要となるNFTの購入は、一般の方々にとってはかなりハードルが高いということ。また、オークション形式だと最高値を出した人が落札するだけで、これを下回る入札者は貢献の意志を持ちながらもその機会を持てません。そこで次回はクレジットカード決済を導入すると同時に、オークションにより高く買っていただくのではなく、リーズナブルなNFTを大量に発行する形式を採っていこうと思っています。
後編:技術とサービスプロセスの両面からWeb3.0型の社会変革に挑戦 に続く