避暑地での“熱い闘い”と“昭和な暮らし”

2024年9月17日
■信州の避暑地に押し寄せる「2024年問題」
「不便になったんだね。」
私の長い“物語”をひとしきり聞き終わった友人は、そんな一言を放った。

それは私がこの夏に延べ20日間ほどを過ごした信州の高原にある別宅の話。連日のように猛暑日が続いたこの夏、私は7月の終りから9月の頭にかけて3回にわたり信州の家と東京のマンションを行ったり来たりしていたのだが、久しぶりに訪れたこの地では、自然に恵まれた涼しくて快適な暮らしの足もとで、かつてはそれなりに整っていた交通環境、買い物環境、インターネット環境のいずれもに“ほころび”が生じていた。

今から60年ぐらい前、両親が信州の高原に建てた家
今から60年ぐらい前、両親が信州の高原に建てた家
この家は今から60年ほど前、別荘地として貸し出された町有地に両親が建てたもの。両親が亡くなった後は私が相続し、30年以上にわたり手を加えてきた。周辺に多くの観光資源を擁するこの地には、昔は多くの観光客が押し寄せ、ピーク時にはバス会社3社が片手に余る路線を運行。中でも主力のJRの最寄り駅との間を往復するバスは、1時間に1本を上回っていたと記憶している。

しかし、マイカーの普及やレジャーの多様化に伴う観光客の減少などにより、今ではこの地に乗り入れているのは民間のバス会社1社と、町が役場方面に運行しているコミュニティバスのみ。バス路線が減れば、それぞれの便数も漸減し、今ではJRの最寄り駅との間を行き来する主力の路線でさえも片道4本/日という有様だ。

ここに来てバスの減便が加速した背景には、「2024年問題」がある。家の管理を担ってくれているガス会社職員によると、“働き方改革”に伴い運転手の労働時間が減少する一方、元からの人手不足も手伝って、新たな人材の採用がままならない。その傍らで、当の運転手たちは、残業代等が減って生活が苦しくなったと不満をくすぶらせているらしい。

■マイカーなしには買い物ができない?
買い物環境に話を移せば、昔は近所に夏期限定の売店が出店し、そこで日常の買い物を済ませることができた。また、最寄り駅との中間に位置する村落には昔ながらの肉屋、八百屋、酒屋などがあり、中には電話一本で配達してくれる店もあった。しかし、これらの個人商店は次々と閉店。一方で、家から歩いて行けるのは今やコンビニと土産物屋ぐらいなので、東京からこの地に向かう途上で買い物を済ませざるを得なくなった。

それでも20~30年前まではJRの最寄り駅の駅前にスーパーがあり、駅に到着するとこの店で買い物を済ませ、路線バスで家に向かうことができたのだが、いつしか駅前のスーパーは閉店。これに代わっていくつかのスーパーがオープンしたものの、駅からは車で15分ぐらいかかる。そんな中、ペーパードライバーの私はここ10年ぐらい、最寄り駅から路線バスでスーパーに立ち寄り、滞在日数分の食料品をまとめ買いした後、タクシーで家に向かうのを常としていた。

時には地元の友人が自家農園で採れた野菜を差し入れてくれることも
時には地元の友人が自家農園で採れた野菜を差し入れてくれることも
しかし、昨年当たりからは、最寄り駅のある市がAIを駆使してオンデマンドで最適なルートを検索・配車する乗り合い輸送サービスを立ち上げ。これに伴い、路線バスはスーパーが立地する市街地はノンストップで通過するようになり、私は大枚をはたいて、“JRの最寄り駅からスーパーまで”と“スーパーから最寄りのバス停まで”の双方をタクシーに頼ることになった。乗り合い輸送サービスは地元住民の予約がいっぱいで、観光客の利用は難しいらしい。

■猛暑による滞在客の増加でモバイル環境が悪化
そして今年の夏、新たに直面した課題が、インターネット環境の悪化である。別宅を利用するのが夏場のせいぜい1カ月ということもあり、これまではPCをネットに接続するに当たってはスマホのテザリングを利用。オンライン・ミーティングにもそれなりに参加できていた。しかし、今年の猛暑に伴う滞在客の急増により、契約先の携帯電話会社の通信環境が著しく悪化、混雑時にはzoomはおろか、LINEのやり取りさえもままならなくなったのだ。

今夏、初めてこの家を訪れた時に携帯電話会社のコールセンターに問い合わせたところ、我が家は基地局から離れていることから通信環境が悪く、時期は未定ながらも基地局の増設が決まっているという。当面の対策として電波を増幅する機械を貸してくれるというのでこれを設置してみたが、混雑する時間帯にはLINEさえも送受信できなくなることに変わりはない。そこで再びコールセンターに電話をかけ、事情を伝えると、次なる対策が告げられた。

それは、各戸のベランダなどにアンテナを立てることで、接続状況を改善するという方法。工事にはオーナーの立ち会いが求められるというが、混んでいて在宅日に工事を設定することができず、頼み込んで管理人に代役を担ってもらう手はずを整えた。工事完了後の担当者からの電話ではトラブルはほぼ解消した様子だったが、何日か後に現地を訪れて確認してみると、やはり混雑する時間帯にはオンライン・ミーティングに入ることができなかった。

携帯電話会社から無料で貸与されたアンテナ。室内に設置された機械と有線で接続されている
携帯電話会社から無料で貸与されたアンテナ。室内に設置された機械と有線で接続されている
こうしてモバイル・インターネットのトラブル解消に取り組む傍ら、もちろん、有線でのインターネット接続も検討した。地域のCATV会社が、年間利用日数が限られた廉価での“別荘契約”を提供していると聞いて問い合わせてみると、我が家は対象エリア外。光回線を使ったインターネットサービスは利用できるらしいが、年間の利用日数が限られる中、1日当たりのコストを計算するとびっくりするような金額になる。

そんな中、来夏までに私が契約している通信会社のアンテナが増設されることを祈りつつ、これが叶わない場合には、他社のポケットWi-Fiを利用するか、スマホを他社ブランドに変えるか、あるいは「0円スマホ」との2台持ちにするか、はたまた思い切って光回線を契約するか・・・。詳しそうな人に会うたびに相談してみても、悩みは深まるばかり。来年のことでもあるので、ひとまず検討を先送りしているのが現状だ。

私の両親がこの家を建てて約60年。当時はもちろん、インターネットなんてなかったわけだが、交通環境と買い物環境の悪化にモバイル・インターネットのトラブルが追い打ちを掛けたこの夏、この地はあきらかに「不便になった」。こうした中、私はこの夏、町役場や通信会社、CATV会社に問い合わせたり、ネットスーパーの配達エリアを調べたり、最寄りのホテルのWi-Fiを試してみたりと、避暑地にいながらも“熱い闘い”を繰り広げることになったのである。

■期間限定で“昭和な暮らし”を体験
しかし、こうした不便さはその傍らで、ある意味、貴重な体験をもたらしてもくれる。

例えば、大手のネットスーパーが利用できるというので注文してはみたものの、このエリアの宅配商品は限定的で野菜は根菜類しか扱っていないことが判明したり、行きも帰りも1便しかないコミュニティバスで、乗り遅れたらどうしようとドキドキしながら地場のスーパーを訪れてみたり、JRの隣駅には駅前にスーパーがあると聞いて足を運んでみると、そこでは店頭購入商品の宅配サービスを提供していたり、そんなことでもなければ利用することのないさまざまなサービスを体験することにもなった。

また、そもそも数日~1週間分の買い物をまとめて済ませるということは、足の早い食品では賞味期限との闘いにもなる。あらかじめ大まかなメニューを決めて買い物リストを作成、「ナスは2個で良いのに3個セット」といった不都合を甘んじて引き受けた上で買い物を済ませたら、次は最終日までにいかに効果的に食材を食べ切るかというゲームに挑む。そして食材が残れば、別宅に置いていく物を決めて食品在庫リストを更新、日持ちのしない物は最適な加工を施した上で東京に持ち帰る。食品は最後まで使い切るのが私のポリシーなのだ。

そんな苦労をするなら「コンビニ飯を食べればよい」と言う人もいるだろうが、私は数日~1週間に上る滞在期間中、コンビニのおにぎりやサンドイッチで食いつなぐのには抵抗がある。「外食すれば良い」と言う人もいるだろうが、徒歩圏の飲食店はかなり限られている。そして何よりも、この地を訪れたときには、今時のミール・ソリューションに頼ることなく、地元の新鮮な食材を自分の手で加工したい。これも私のポリシーなのだ。

不便なのは、何も食生活に限ったことではない。電気の契約容量が少なく、多くの家電製品を同時に使うとブレーカーが落ちてしまうため、朝のコーヒーはドリップで淹れるし、鉄板焼きにはホットプレートは使わずにカセットコンロを使う。冷蔵庫は60年選手が未だ健在だが、当時の冷蔵庫はワンドアで冷凍食品は保存できない。洗濯機に至ってはそもそも置いておらず、私が子どもの頃には母がたらい桶にお風呂の残り湯を張って、来客のシーツを足で洗っていた(今は来客にはシーツとタオルを持参してもらっている)。

この家の新築祝いに、家電メーカーに勤める親戚からもらった約60年前の冷蔵庫
この家の新築祝いに、家電メーカーに勤める親戚からもらった約60年前の冷蔵庫
この地の気温は、灼熱地獄の東京と比べると、10℃ぐらいは低くて快適。加えて、山の中の“ポツンと一軒家”のような我が家の周囲にはさまざまな高山植物が咲き乱れれば、蝶やトンボ、クワガタムシなどの昆虫はもちろん、鹿やテン、ヤマネ、リスなどの姿も見られる。そんな中での“昭和な暮らし”にはさまざまな創意工夫が求められるが、会社をクローズして時間のゆとりができた今の私には、それが夏のとっておきの楽しみになっているのだ。

■仲間との協働で暮らしに磨きを掛ける
そしてこの家は、友人との旧交を温めるのに最適なスポットでもある。私はこの家に滞在する数日~1週間のうち、半分ぐらいは親戚や友人を招く。“招く”というと聞こえが良いが、毎年、最初に訪れるときには電気のブレーカーを上げ、固い雨戸を開け、前年に締めておいた水道やガスの元栓を空けて、家中の掃除をするという大仕事を手伝ってくれる仲間に、最後に訪れるときにはその逆の作業を手伝ってくれる仲間に声がけするのだ。そして仲間と創意工夫を重ねながら数日を共にすることで、仲間との関係性はもちろん、家も、そこでの暮らしにも磨きがかかっていく。

例えば、Aさんがキッチンの流し周りをピカピカにしてくれるなら、Bさんは汚れの溜まりやすい鍋やヤカンの“取っ手と本体とのつなぎ目”に磨きを掛けてくれる。Cさんは台拭きや雑巾を丁寧に洗濯し、これでもかというぐらいに絞ってくれる。また、いつもクルマでやって来るDさんは買い物を担ってくれるし、家事マメなEさんは戸棚の片付けをマルっと引き受けてくれたりもする。そうやって各人が楽しみながら、それぞれに培ってきた知恵や技術を提供することにより、さまざまな価値が創造されていくのだ。

このように、信州の避暑地での不便な暮らしは、私にとってはなかなか楽しい暮らしでもあるのだが、今回のような大問題がこれに上乗せされると、もう日々の生活を営むので精一杯になる。来客が帰ると、スマホ画面のアンテナの本数を睨みつつ、ネットを使って山積する問題の解決に挑んだり、気分転換に高原を散歩したり、東京ではなかなか読めないような本を読んだり、ちょっとだけ仕事をしたりしながら、“暮らしの進化とは何か”、そして“価値の共創とは何か”に思いを巡らせる、今年の夏休みだったのである。

来夏には携帯電話会社の基地局が最寄りに開設されますように。そして、今夏は要望を伝えても「予算がない」の一点張りだった町役場が、より長期的な視点で住民の声に耳を傾け、隣接する市区町村や民間との連携も視野に入れて、猛暑とは無縁のこの地の未来を切り開いていってくれることを願って止まない。

この猛暑は、今年がピークではなく、もっともっと暑くなることが見込まれているのだから。
家の前の道路は格好の散歩道。お天気の良い日は、この道は天国に続くのではないかと思えてくる
家の前の道路は格好の散歩道。お天気の良い日は、この道は天国に続くのではないかと思えてくる