1,400名の顧客対応のスキルを磨くことがHDJのボトムアップにつながる

ハーレーダビッドソン ジャパン(株)

大型バイクメーカーのハーレーダビッドソンジャパン(株)では、顧客接点としての販売店スタッフの対応が同社のブランド・イメージを決定付けることになるととらえ、販売店スタッフのトレーニングに注力している。さまざまなトレーニングの内容と目的、同社の人材教育の展望について紹介する。

販売店と展示・試乗会イベントが重要な顧客接点

 二輪車の世界的ブランドとして多くの大型バイクファンを魅了しているハーレーダビッドソンジャパン(株)(HDJ)は1989年に、米国ハーレーダビッドソン社の日本法人として設立された。同社ではハーレーダビッドソンのバイクを単なる移動手段としてとらえるのではなく、人生を楽しく豊かに生きるためのバイク・ライフを提案する“ライフスタイル・マーケティング”を推進している。
 同社のマーケティング活動の主体になるのは展示・試乗会で、ハーレー車に興味のある見込客に試乗の機会を与えることで顧客へと導く手法を戦略化している。また、ハーレーを購入したユーザーに対しては「ハーレー・オーナーズ・グループ(H.O.G)」という会員組織を用意。ハーレーで走った距離に応じて記念品を贈呈するなど、顧客維持のさまざまな施策を講じている。
 HDJでは顧客接点=ハーレーダビッドソンのブランド接点と認識しており、顧客接点の人材教育に戦略的に取り組んでいる。そのため販売店スタッフを対象にした、さまざまなトレーニングを実施している。
 同社の主要な顧客接点としては、全国の販売店店頭と展示・試乗会のイベントが挙げられる。まず販売店は、2009年4月現在約200店舗。販売店スタッフは同社の“ファミリー”として位置付けられ、営業担当者やメカニック(整備士)を含め全国約1,400名が登録されている。同社は現在、顧客接点となる1,400名を対象にした研修を年間を通して行っている。
 もうひとつの顧客接点である展示会・試乗イベントは、イベント業者や販売店任せにすることなくHDJの社員も同行。これは米国本社が掲げる“Close toCustomer(顧客により近く)”という方針に基づいて行われ、普段、顧客と接する機会が限られる同社が、顧客や見込客と直接触れ合うことで、顧客のプロフィールや意見などを収集し、業務に生かすための貴重な機会ととらえている。またイベント時に地域の販売店とも連携を取り、販売店スタッフと一緒に汗水流すことが同社のマインドを伝える機会にもつながるとの考えだ。

販売店スタッフを対象に「CRMトレーニング」を実施

 HDJが販売店スタッフの人材教育に注力する背景に、バイク販売店全般に共通する課題でもある、販売店スタッフのコミュニケーション・スキルの低さがある。例えば見込客が来店して試乗した後、どのように電話でフォローするかでスタッフのコミュニケーション・スキルの差が出てしまう。コミュニケーション・スキルが低いと、すぐに商談に持っていこうとするあまり、かえって見込客を逃してしまうことにもなりかねない。コミュニケーション・スキルが高ければ、見込客が来店した時に属性を把握すると同時に購買意欲の度合いを感じ取ることで、電話を掛けるに当たってもお客さまの状況に応じたOne to Oneのアプローチができるはずだと考えているのだ。そこで同社では販売店スタッフを対象に定期的に「CRMトレーニング」を実施。お客さまの来店時に“どんな話をするか”“どんな情報を聞き出すか”といったアプローチ方法や、聞き出した情報のデータベースへの入力方法を指導している。このトレーニングは本社や販売店、各地域の会場を使って行われる。
 加えて販売店スタッフの接客スキルを高めるためには「テレコール・セミナー」も重要であると認識。特にメカニック希望の若いスタッフの中には電話の基本的なマナーすら習得していない者も見受けられることから、基本的な電話の受け答えからトレーニングを行っている。また優秀なメカニックは車両を修理するだけではなく、お客さまに修理内容などを丁寧にわかりやすく説明できることや、お客さまと快いコミュニケーションが取れる能力が必要であるとの考え方に基づいている。
 このような極めて一般的なビジネス・スキルが、バイク販売店業界においては大きな差別化を生み、系統立てた基本トレーニングを販売店に徹底的に施すことが、独自のブランドづくりにつながると同社は確信している。そのため年間で10~15回行われる販売店スタッフ対象のさまざまなトレーニングへの参加状況を本社で管理し、各販売店スタッフの参加を徹底している。
 また、2008年4月には「HDJファミリー総合トレーニングセンター」を設立。現状はメカニックを対象に同社のお客さま情報を入力するコンピューター・システム(HDJ Web)の活用法に関するトレーニングを主としており、ほかには営業担当者、販売店経営者を対象にしたベストプラクティス・トレーニング(店頭でのビジネス・プロセスごとのコミュニケーション・スキル向上トレーニング/他店との成功事例の共有化)などを開催している。

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2008年4月に東京・昭島市に開設した「HDJファミリー総合トレーニングセンター」(上)と重要な顧客接点である試乗会イベント(下)

本社営業担当との連携による顧客接点の人材教育

 HDJ本社の営業スタッフは“フィールドマン”と呼ばれ、販売店へのコンサルティング業務を担っている。本業務は販売ノルマを管理するのではなく、販売プロセスを管理することを目的としたもの。例えば販売店の月間売上目標が未達成の場合、各店の展示車・試乗車を把握すると同時に、月間来店者数・試乗回数・見積もり件数などを詳細に分析して原因を特定、改善策を提案するのが主な役割になっている。また、見込客に対するアプローチについても、同社が“絶対対象リスト”と呼ぶホットユーザーのリストをシステム上で明確化すると同時に、フィールドマンが具体的な方法をコンサルティングしている。
 このような同社の顧客接点における人材教育への取り組みは、1996年ごろから強化されたもので、その成果はハーレーダビッドソン車の登録台数にも表れている。1992~1996年にかけての登録台数は3,723~5,102台であったが、1997~2008年にかけては6,932~1万5,698台に達した。しかし同社では、販売店スタッフの接客スキルが及第点に達しているとは見ておらず、今後もトレーニングを継続すると同時に、時代の変化に応じて手法や内容の見直しを図っていきたいとしている。
 加えて昨秋以降の不況の影響により、同社の販売店への来店者数が減少していることから、来店者数増大のための分析・アドバイスが必要な販売店数は増えている。これに伴ってフィールドマンの業務量は増え、販売店に直接足を運ばず、電話やeメールで処理してしまう傾向が顕著になっているという。そこで、本年1月に代表取締役社長に就任した福森豊樹氏は、「こういう大変な時代だからこそ、顧客接点のある現場に足を運び、販売店スタッフの顔を見て話をしよう」と社内全体に呼び掛けている。
 同社はハーレー車の販売台数の増加に伴い顧客が増えている状況を踏まえ、顧客接点における個々のスキルアップの蓄積をどう有機的にブランド・イメージに結実できるかを課題にしている。今後、顧客接点でのコミュニケーション・スキルをより一層磨くことで、ボトムアップにつなげていく考えだ。


月刊『アイ・エム・プレス』2009年6月号の記事