DMを起点にOne to Oneコミュニケーションを展開

日本たばこ産業(株)

マーケティング活動上の制約の多いたばこ業界では、マーケティング対象を明確に特定したコミュニケーションの実行力を内在化できるかどうかが事業の存続と成長のカギとなる。消費財におけるOne to Oneマーケティングのリーディングカンパニーを目指す日本たばこ産業(株)(JT)のD-Spec製品のキャンペーン事例より、同社におけるDM施策の特徴を紹介する。

制約をバネに顧客との良質な関係を構築

 国内たばこ市場を取り巻く環境は、グローバル化に伴う競争の激化、高齢化の進展や健康意識の高まりといった社会環境の変化、広告規制の強化、たばこ税増税など厳しさを増している。
 たばこ事業の主要チャネルは、販売許可を得たたばこ販売店とたばこ自動販売機である。2003年度末現在、たばこ販売許可店数は約30万店(出所:財務省)で、そのほぼ全店で同社商品を扱う。同社の貸与自販機は約24万台(出所:JTデータ)。国内たばこ事業は、5年ぶりとなるたばこ税増税(2003年7月)の影響もあり、総需要は減少したものの、売上高は約3兆円(前期比約1%増、2003年度)となった。
 また長期低落傾向にあった市場シェアは下げ止まり、反転の兆しを見せ始めている。
 たばこは、成人の嗜好品であること、低単価の消費財であること、マーケティング対象を成人喫煙者に限定する必要があること、広告の規制が存在することなど、ほかの商材に比べて顧客とのコミュニケーション上の制約が多い。そこで、プロモーションを含む一連のマーケティング活動は、マスではなくOne to Oneで行う必要がある。同社ではそのための全インフラ(顧客データ入力、データベース運営、事務局運営)のインハウス化を長年かけて推進してきた。

DMを起点に双方向のコミュニケーションを展開

 キャンペーンは、One to Oneのコミュニケーションが顧客の意思に基づいて双方向で行われるように、コミュニケーションメディアを多重構造化して計画している。
 例えば、2004年11月より展開中の「D-specお試しキャンペーン」。同社では、フィルター、チャコールに続く“第3の市場革命”とも言われているD-spec(低臭気)技術を開発、製品化した。「ルーシア」や「マイルドセブンプリムスーパーライト」は、一般のたばこよりも高単価(300円)のプレミアム商品であるにもかかわらず、発売直後より驚異的な支持を受けている。この成功を受け、ブランドを超えてD-specに関心のある人を対象としたキャンペーンを展開しているのだ。D-spec製品への関心を高め、試用の機会を提供して理解促進を図り、さらには参加者のみに特典を用意したDM送付は、こうした一連のコミュニケーションの入り口に位置付けられている。
 キャンペーンの構造は次の通り。①D-spec製品の特長についての理解促進を図るため、同製品が役立つような日常場面を想起できる使用前後を紙芝居風に描いたリーフレットを作成→②抽出した見込客に向けてDM送付→③製品に興味をもった顧客はDMに同封のハガキに必要事項を記入して投函し、サンプル請求。この段階で顧客がハガキに記載する個人情報は、サンプル送付のために必要な情報に限定して、参加ハードルを下げている。
 一般にサンプリングはマスキャンペーンである場合が多いが、このキャンペーンではサンプル送付以降にOne to Oneの双方向コミュニケーションが仕掛けられている。そして④サンプルを試した顧客は、Web経由で感想を同社に寄せることができる。アクセスに必要なユニークナンバーはサンプルに付与している。⑤さらに、Webにアクセスした人だけが参加できる、楽しんで答えられるアンケート企画やクローズドキャンペーンも用意されている。
 DMを起点にして、モノやWebなどのメディアを自在に組み合わせてコミュニケーションを展開することで、企業サイドとしては商品に対する理解促進、顧客の声の収集、そして良好な双方向コミュニケーションを構築できる。こうしたステップを踏んで寄せられる声は、同製品や同社への関与度の高い顧客からのものが多く、声の質も良いのが特長だ。一方、顧客サイドは、良質の新製品の試用体験と参加者だけに与えられる特典を享受できる満足を得ることができる。

誠心誠意のDM

 たばこはほかの商材に比べてブランドロイヤルティの高い顧客が多くライフ・タイム・バリューも高いという特長がある半面、マーケティング・コミュニケーション上の制約も多いため、DM送付は綿密な計画のもとに慎重を期して実施している。たばこ事業の特性上、喫煙を奨励するようなDMやタレントなどを活用したDMは一切避け、誠心誠意のコミュニケーションを心掛けている。そうしてこそ、DMが、顧客を含む社会との良好な関係の入り口としての役割を果たし、顧客の上質な声を収集できる重要な接点としても機能するわけである。例えばD-spec製品の代表銘柄「ルーシア」は近年まれに見る大ヒット商品だが、2003年に実施した「新たばこ生活キャンペーン」によってD-specの認知と利用を確実に伸ばし、「マイルドセブンでもD-specを」との要望を得るに至った。そこで、こうした声に応えるかたちで、D-spec製品のライン拡大に踏み切ったわけである。
 もう1点、たばこ事業の特性上、DM送付で留意すべき重要なことがある。それは送付対象者の抽出だ。DMは、これまでにキャンペーン応募などを通して成人喫煙者であることの署名を得た顧客の中から当該製品の対象者を絞り込み、送付している。たばこのキャンペーンでは成人喫煙者の特定が絶対条件であり、未成年者や非喫煙者にDMが送付されることは決してあってはならないからである。こうしたステップは手間が掛かる。しかし、このような事業特性上の制約に対する真摯な取り組みが、結果的には個人情報保護に対する強固なセキュリティ構築につながっている。
 こうしたキャンペーンをはじめとするOne to Oneマーケティングは投資案件として扱われ、マーケティングROIを効果指標としている。今回の「D-specお試しキャンペーン」の反響は非常に高く、過去には、DM送付後、約30%以上の売上伸長の実績もあることから、好結果への期待が高まっている。

30(JT)

「D-specお試しキャンペーン」のDM送付物。上段がサンプル請求のDM、下段はサンプルだ。煙を入れてニオイを試すビーカーも同封し、遊び心を刺激している。

Plan/Do/Seeでコミュニケーションを最適化

 DMなど、用意した顧客接点において顧客自身が意思的に反応してくれるかどうかが、それ以降の双方向コミュニケーションの成功を左右する。コミュニケーションの方法に唯一絶対はなく、成長の生命線であるOne to Oneマーケティングの精度を高めるためには、蓄積してきたノウハウや社内資源を活用してPlan/Do/Seeを重ねていくほかない。それゆえ、コミュニケーションツールはDMに限定せず、多面的に展開していく予定だ。Webやモバイルを利用したeマーケティング施策も増やしているが、これは、20~30歳代にはITを背景としたメディアが顧客接点として便利で魅力的だとする傾向があるからだ。一方で、従来ながらのDMも、 幅広い世代から強い支持を受けている。
 たばこ事業環境は必ずしも追い風とは言えない。そうした中で同社では、JTとのコミュニケーションを希望される顧客にだけ、新しいたばこのマーケティングを行っている。その満足度を最大化するために、Oneto Oneマーケティングをマーケティング部門だけの課題としてではなく、全社員の参加により推進している。その入り口としてのDMは、さまざまな目的と思いが込められた重要なメディアなのである。


月刊『アイ・エム・プレス』2005年2月号の記事