インターネットによるパーソナル・オーダーを実現

(株)サトー

オリジナル商品への“夢”

 東京から「あずさ」に乗って 2 時間半、JR 下諏訪駅から「御柱(おんばしら)」で有名な諏訪大社方に 7 〜 8 分歩くと、のどかな田舎道の一角に、近代的な円筒型のビルが見えてくる。これがインターネットで送った画像を編み込んだオリジナル・セーターを作ってくれる「インターニット」で知られる(株)サトーだ。
 諏訪湖を取り囲む岡谷、下諏訪は、古くから養蚕がさかんであり、製糸産業が栄えた地域。戦後も東京から疎開してきた職人たちがシルク 100%のセーターを作り続け、昭和 27 〜 28 年頃までは「ガチャ万時代」(“ガチャ”と機械を動かすと、万単位のお金が儲かる)と言われていた。その後昭和 37 〜 38 年頃にはアクリルが登場し、それまでの製糸産業は徐々にニットメーカーへと転身を図っていく。しかし時代の趨勢とともにこれらのニットメーカーは、「多品種小ロット」生産を強いられ、また発注サイクルが短縮化する中で、メーカーにとっての命綱である「生産の平準化」もままならなくなっていった。
 このような中で同社では、フルゲイジの設備を揃えて DC ブランドに売り込みをかけるなど、生き残りをかけてさまざまなチャレンジを行ってきた。現在ではその技術力が評価されて、ジュンコ・シマダなどトップデザイナーの高級ニット製品を手がけるに至っている。しかし、時々ふと頭をもたげるのが、ニット・メーカーとしてのオリジナル商品への夢。「売り先(販売チャネル)がない」ことが、その実現を阻んでいたわけだが、この問題を解決して一気に夢を実現したのが、少ない初期投資で世界に向けてオリジナル商品が販売できるインターネットだった。
 同社が「インターニット」を開始したのは、地元にインターネットのアクセスポイントができたのがきっかけ。これを機に、1995 年のクリスマス、12 月 25 日にホームページを開設した。「インターニット」の立ち上げに当たって苦労したのは、プロバイダーとの諸々の調整、および顧客がインターネットで送ってくる画像の受け取りと、これを CAD にどのように移行するかといった点。当初は丸首セーター 1 点のみでスタートしたが、試行錯誤の連続だったという。

(株)サトーの社屋

(株)サトーの社屋

オリジナル・ニットを作りませんか」と呼びかけるパンフレット オリジナル・ニットを作りませんか」と呼びかけるパンフレット

「オリジナル・ニットを作りませんか」と呼びかけるパンフレット

パーソナル・オーダーの仕組み

 さて、ここで「インターニット」のシステムを紹介しよう。
 まず申込方法は、ニットにしたい絵や写真をスキャナーで読み込み、画像データとしてインターネットで送る方法と、写真などを郵送する方法の 2 つがある。いずれの場合も、顧客は住所、氏名、電話番号に加え、希望の素材、スタイル、サイズ、地色などを指定する仕組み。現在のところは、まだインターネットの利用者(ましてやスキャナーの所有者)が限られていることから、インターネットによるオーダーは全体の 15%に過ぎず、ほとんどの顧客は同社のホームページを見て郵便で写真を送ってくる。
 同社ではインターネットで送られたフルカラーの画像を Mac の端末で受け取り、これを最新鋭のニット CAD で 4 色に減色、人間の身体の自然なカーブに沿ったニット製品の画像に当てはめ、色の調整を行った後、シミュレーションをホームページ上の「バーチャルセンター」に登録する。登録時には顧客に情報公開の可否を確認し、公開したくない顧客の場合にはインターネット・アドレスと暗証番号がないとシミュレーションが確認できない仕組みにしている。郵便による申込の場合は、CAD で作成した画面を専用プリンターで印画紙出力したシミュレーショ写真と風合いサンプル(参考編地)、色見本(4 色の実物使用糸)を郵送する。

最新の CAD で画像を 4 色に分解。出来上がりのイメージを確認してから、ニッティング作業にはいる

最新の CAD で画像を 4 色に分解。出来上がりのイメージを確認してから、ニッティング作業にはいる

 顧客はシミュレーションを確認した結果、「地色を変更したい」「柄の大きさを変更したい」といった要望があれば、E メール、または電話でその旨を伝えると、納得のいくまでシミュレーションしてくれるという。最後に「これで OK !」となったら、インターネットか電話でオーダーする仕組み。シミュレーションのみで、オーダーに至らないケースも全体の 20%程度はあるが、この場合には特に料金はかからない。商品代金の支払い方法は、前払いの銀行振込、郵便振替、現金書留、またはクレジットカード(VISA、 DC、マスター、JCB)。入金を確認してから商品を製造し、3 週間前後で商品が届けられる。なお、「オープンデザイン」を指定すると、自分がデザインしたセーターを世界の人々に販売することも可能。商品が売れた場合には、デザイン料として 1 着につき 1,000 円分の「インターニット」の割引券が発行される。

世界にたったひとつのオリジナル商品

 「インターニット」の取扱商品は、顧客サイドで用意するオリジナルの柄に加え、2 種類の素材、9 種類のサイズ、7 種類のスタイル、120 色の糸の組み合わせにより誕生する、文字 り世界にたったひとつしかないオリジナルのニット。同社の創業以来 50 年にわたるニットへのこだわりと、年間に 1,500 スタイルを超える生産実績に裏付けられた「多品種・小ロット」への対応力が、そのベースとなっている。
 素材は秋冬用のウール 100%(スーパーファインメリノ)、年間を通して着られる綿100%(最高級エジプト綿)の 2 種類。サイズは婦人物が S、M、L、紳士物が S、M、L、LL、XL、 XXL の計 9 種類で、希望により微調整も OK。当初は丸首セーター 1 種類からスタートしたスタイルは、今日では V 襟セーター、ベスト、カーディガン、スカート、ワンピース、パンツとバリエーションも豊富に。また糸は 120 色の中から柄に応じて選ばれた、4 色を組み合わせることになる。
 価格はウール、綿ともに丸首、および V 襟長袖セーターが4万5,000円、同半袖セーターが3万5,000円、綿カーディガンが 4 万 8,000 円、ワンピースが 6 万 8,000 円、ベストが 4 万 5,000 円といった具合。やや高い印象はあるが、素材はしっかりしており肌触りも抜群。お気に入りの柄を織り込んでのこの価格は、リーズナブルだというのが現物を直接確かめての実感だ。
 なお、同じ商品を複数注文する場合は、シミュレーションの手間がかからないため、ぐっと割安な価格となる。

生活者とともに物づくりのプロセスを楽しむ

 1995年12月にこの事業を開始して以来、「インターニット」の延べ利用者数は 350 〜 400 人といったところ。1996 年 2 月頃からパブリシティの効果が現れ、一旦ピークを迎えた後、シーズンに入って、再び注文が増えてきているという。同社ではインターネットのホームページ以外には取り立てて広告を出していないため、これらの顧客はテレビや新聞、雑誌などに取り上げられたパブリシティ記事を見てホームページにアクセス、あるいは電話で問い合わせてきたわけだ。顧客のプロフィールは、30 代、および 40 代の女性が主体。送られてくる柄は、ペットの写真が圧倒的に多く、その他としては旅先の思い出の風景写真、子どもの絵など。誕生祝いや、結婚記念などギフト需要も少なくない。
 「双方向性があるインターネットは、注文するほうも、作るほうも楽しい」と言うのは、この事業のために東京からやってきたというチーフデザイナーの大滝俊隆氏。現に「インターニット」がスタートして以来、納品した商品に関するクレームはこれまでに 1 件もないとのこと。むしろ「昨日、商品が届いたけれど、とても気に入った」といった、礼状が届くなど、顧客からの評価は上々。目下、信州の産業界では 1 年 2 カ月後に控えたオリンピックに向けて活気を見せているが、今後、同社としても「インターニット」事業活性化のための新たな取り組みを強化する意向である。
 まだまだ利用者の限られたインターネットであるが、これを活用したビジネスに興味を持つ企業は少なくない。「インターネットでは、どこにでもあるような既製品は、よっぽど安くしないと売れません。『インターニット』は顧客の要望に応じていろいろなバリエーションができるところが面白いんですよ」。この 10 カ月の間、「インターニット」のビジネスを率いてきた同社専務取締役の佐藤弘氏は、最後にこう語ってくれた。


月刊『アイ・エム・プレス』1996年12月号の記事