日本ダイレクトマーケティング学会主催のRuth P.Stevensさんのセミナーを聴いて

今週の木曜日、11月5日に、日本ダイレクトマーケティング学会の主催により、月刊『アイ・エム・プレス』誌上でダイレクトマーケティングやeコマース、ソーシャルメディア・マーケティングなどについて連載をご執筆いただいていたeMarketing Strategy代表 Ruth P. Stevensさんのセミナーが開催されました。

同セミナーのテーマは、「米国におけるeコマースのトレンド オムニチャネル環境下でいかに成功するか」。「1.米国におけるeコマースの最新事情」「2.マーケターが学び、試行すべきeコマースのトレンド」「3.オムニチャネル環境下で生き残り、成功を遂げているeコマース企業のケーススタディ」「4.オムニチャネルの将来予測」の4項目にわたり、米国の最新事情が披露されました。

そこで今日は、日本との比較や、私自身の感想を交えて、Stevensさんのお話の概要をご紹介しようと思います。

Ruth P. Stevensさんのセミナーの模様
Ruth P. Stevensさんのセミナーの模様


まず、「1.米国におけるeコマースの最新事情」では、米国におけるeコマース市場の伸長、商品カテゴリー別売上高、2015年におけるクリスマス商戦の市場予測に言及した上で、eコマース企業が直面している3つの課題に言及されました。

1つ目の課題は複雑性—-米国のeコマース企業は、AmazonやeBayなどのショッピング・サイトはもちろん、FacebookやTwitter、Pinterestなどのソーシャルメディアに至るまで、多くのチャネルの存在を踏まえて、自社のマーケティング・コミュニケーションのあり方を設計することが求められるようになってきたということです。

これは楽天やAmazon、Yahoo!などに“支店”を出しながらも自社ECサイトを整備したり、またFacebookやTwitterなどに企業アカウントを運営しているという意味で、日本のeコマース企業にも共通する課題と言えるでしょう。

2つ目の課題は価格設定におけるプレッシャー—-インターネットの進展により、購入商品の機能やサービス、そして価格を生活者が容易に比較できるようになったことを受けて、eコマース企業は常に価格設定におけるプレッシャーにさらされるようになってきたということです。これは日本でも同じこと。eコマースのみならず、家電量販店などの中にも、他店よりも低価格であることを売りにしている企業が存在するのは、皆さんもご存じの通りです。

そして3つ目の課題は、グローバルな競争—-インターネットにより国境を越えたマーケティング・コミュニケーションが可能になったことで、今や生活者は米国国内のみならず、世界各国の商品を容易に購入することができるようになってきました。つまり、米国のeコマース企業は、日本を含む世界のeコマース企業とも競争を繰り広げているわけで、日本のeコマース企業にしても、言語の壁こそあれ同様の局面に立たされているわけです。

次に、「2.マーケターが学び、試行すべきeコマースのトレンド」では、以下の7つの観点から米国の最新事情が紹介されました。

①ソーシャル・コマース

②IOT(Internet of Things:モノのインターネット)

③ビーコン(一つひとつのBeaconを識別するIDや、電波強度を示す識別子などを発信する端子)

④動画

⑤3Dプリンター

⑥継続的革新

⑦オムニチャネル

まず①ソーシャル・コマースについては、eコマースとソーシャルメディアの連携を示す言葉だけに、多様な意味合いを内包しているとのこと。月刊『アイ・エム・プレス』2012年4月号でこれを特集した時にも、編集会議でそのことが話題に上り、「ソーシャルメディア上で商品・サービス を紹介し、同一メディア上、もしくはリンクされた Web サイトで注文を受け付ける」取り組みを本特集におけるひとまずの定義としたことを記憶しています。

次に②IOTについては、今回の講演では、店内でアパレルの購入を促進する“Smart mirrors”や、商品をスキャンすることで適切なサイズが最寄りのどの店舗にストックされているかを把握する仕組みなど、店舗小売業を中心にした活用方法を示した上で、高度なカスタマー・サービスや、スピーディな決済、スペシャル・オファー、リアルタイムでのパーソナリゼーションなどを実現するウェアラブルな端末の登場にも言及されていました。

私自身は、今後、家庭内の家電や住設機器にインターネット機能が備わってくると、その良し悪しは別として、各種機器のサプライ品の発注や、果てには冷蔵庫などにストックされている食品の補充などもeコマースを介して自動化されていくのではと思っているのですが、今回の講演ではそうした家庭内の機器におけるIOTには言及がなされていませんでした(この点については、私が生活者としての体験をベースに考えたことを、近々、コラムにアップしようと考えています)。

③ビーコンについては、日本ではまだ“知る人ぞ知る”の感が強いですが、米国ではマーケターはエキサイトしているものの、生活者は必ずしも端末のブルートゥースをONにしていなかったり、オプトインしていなかったりするのが実態とのことでした。

④動画の活用は、日本企業にもおなじみの取り組みですが、これに絡んで、動画を視聴させることで購買転換率が大きく上昇するという興味深い調査結果を紹介。また、動画を活用したeコマースで30万人の顧客を開拓したというシェーバーの継続購入プログラム「Dollar Shave Club」の事例が披露されました。

⑤3Dプリンターについては、宝石、玩具、家庭用品などの領域におけるパーソナル・オーダーの実現、製造業への参入障壁の低下などの観点から言及がなされていました。米国ではStaplesなどで誰しも容易にこれを購入できるようになっており、Shapewaysのようなこれを活用したeマーケット・プレイスも登場しているとのことでした。

⑥の継続的革新では、「Amazon Prime」の事例を紹介。そのサービス内容はご存じの方が多いかと思いますが、アマゾンではこれにかかわる実績値を一切、公開していません。こうした中、今回の講演では、「同サービスの会員数は4,700万人に達し、顧客の46%を占めている」「会員の購買実績は非会員の倍に当たる1,200ドルに達している」「30日間無料の特別オファー申込者の70%が有料会員に移行している」など、外部調査機関の調べによるいくつかの興味深いデータが紹介されていました。

ちなみに、Millward Brown Digitalの調査研究によると、米国の大手eコマース企業の購買転換率が平均3.3%であるのに対し、Amazonの非プライム会員の転換率は13%、そしてプライム会員の転換率は、なんと74%にも達しているとのことでした。

そして最後の⑦オムニチャネルでは、Stevensさんはこれを「Delivering a unified brand experience, irrespective of channel(チャネルにかかわらず、統一されたブランド・エクスペリエンスを提供すること)」と定義されているとのこと。顧客の立場からこれを換言するならば、それは単にショッピングのことである(It`s just shopping)という一言には、思わず唸らせられました。マーケターがオムニチャネルの実現に向けて眉間に皺を寄せている間に、顧客はチャネルどころか企業の壁を越えて、自らの工夫によりこれを実現していると言えるのではないでしょうか?

※先日、「生活者サイドから見たカスタマー・エクスペリエンス考」と題して、私の個人的な体験に基づく、本件に関連したコラムを執筆したので、よろしければご参照ください。

しかし、企業側に目を向けると、日本に大きく先行していると言われる米国においてさえも、店舗小売業の37%は、まだ統一されたブランド体験の設計にさえも着手していないというのが実態で、「他の優先事項がある」「予算が不足している」「既存のシステムの存在」などがその阻害要因になっているとのことでした(RSR Research調べ)。

これに引き続き、「3.オムニチャネル環境下で生き残り、成功を遂げているeコマース企業のケーススタディ」では、あらゆる取り組みに挑戦していることでオムニチャネルの代名詞となっているMacy`sの事例が披露されました。ここではその詳細は省略しますが、Stevens氏曰く、オムニチャネルは企業のリストラクチャリングにつながるとのこと。すなわち顧客の購買行動の変化に則した革新の行き着く先こそがオムニチャネルであり、Macy`sではこれを全うするために、店舗のスクラップ&ビルドや人材の削減など、さまざまな困難を乗り越えてきたと言えそうです。

そして「4.オムニチャネルの将来予測」では、eコマース専業者による店舗展開や、ショッピングセンターなどへの期間限定店舗の展開、立ち上げ時よりオムニチャネルをビジネスモデルに組み込むなどの切り口を例示した上で、いくつかの注目事例を紹介。最後にeコマース企業が学ぶべき点として、今回のセミナーを総括した上で、逐語通訳を含めて約2時間に及ぶ講演が締めくくられました。

いつものことながら、Stevensさんの受講者の反応を見ながらの臨機応変なプレゼンテーション、日本人にもわかりやすい英語、そして関係者への配慮にささえられ、終了後は外国人講師にもかかわらず名刺交換の列が・・・。受講者にとっては、緊張することなく、米国の最新情報に触れることができる格好の機会になったのではないでしょうか。実は私は本セミナーの仕掛け人の1人なのですが、多くの受講者にご満足いただけたようで、とても嬉しく思っています。

Ruth P. Stevensさんは米国Direct Marketing Associationなどでの講演のほか、米国コロンビア大学、ニューヨーク大学でも教鞭をとった経験をお持ち。受講者の反応を見ながらのわかりやすいプレゼンテーションには定評がある。
Ruth P. Stevensさんは米国Direct Marketing Associationなどでの講演のほか、米国コロンビア大学、ニューヨーク大学でも教鞭をとった経験をお持ち。受講者の反応を見ながらのわかりやすいプレゼンテーションには定評がある