2019年5月1日
最近では、都市部を中心に葬祭の簡素化が進む一方で、“〇〇さんを偲ぶ会”などの名のもとで故人の想い出を語り合う機会が増えている気がするのは、果たして私が年を取ったからでしょうか? しかし、日本料理屋の個室で、お刺身や天ぷらを肴にお酒を酌み交わし、大きな証明写真のような遺影を前に故人の想い出話に花を咲かせるというありがちなスタイルではなく、もっと故人らしい会は開催できないものか・・・。“〇〇さんを偲ぶ会”に参加するたびに、私はそんな思いを胸に秘めていました。
そんな中、折しも平成最後の日となったこの4月30日、2年前の同じ日に亡くなった親友の都合3回目となる偲ぶ会を開催するにあたって、この長年の思いをカタチにしようと、「亡くなった親友らしさを演出する」と共に、10人強に及ぶ「参加者それぞれの故人との想い出を共有する」ことを狙いに、企画から当日の運営に至るまで、できる限りの工夫を施してみました。そこで今日は、実際に私自身が手がけた事例に基づき、故人のパーソナリティを生かした偲ぶ会の企画&運営方法について、考えてみたいと思います。
まずは1つ目の狙いである、「亡くなった親友らしさを演出する」ための方法としては、あらかじめ故人の属性や趣味をリストアップするほか、Facebookグループや、対面でのヒアリングを通じて、当日参加が見込まれる仲間たちから故人らしいエピソードを募集。いくつかのエピソードが集まった段階で、幹事と料理人たちによる事前打ち合わせを開催し、ディスカッションを通じて属性・趣味・エピソードなどの中から3つのテーマを抽出すると同時に、これらをどのようにカタチにしていくかをディスカッションしました。
テーマの1つ目は、故人の出身地である北海道。打ち合わせ時には、アスパラやジャガイモ、シシャモ、ホッケ、カニなど北海道の産物、さらにはジンギスカンやザンギといった北海道の料理などをリストアップした上で、あとは料理人たちにおまかせ。料理人の1人がかつて故人と同じ職場に勤めていたこともあり、その後は彼らがメニューの試作を繰り返し、会の当日には、当初のアイデアをブラッシュアップして開発したメニューとともに、当初のアイデアをさらに広げて、故人が務めていた原宿にちなんだ料理や、故人行き付けの小料理屋の名物おにぎりをモチーフにした料理なども並んでいました。
テーマの2つ目は、ぐるぐる。これは故人が打ち合わせ時に言葉に窮すると、いつもボールペンでレポート用紙にぐるぐると渦巻き状の線を描いていたという元部下から寄せられたエピソードに基づき開発されたもの。料理人たちには、渦巻き状のメニューの開発を依頼。そもそもは渦巻き状のデコレーションを施したケーキを想定していたこれも、当日にはホウレンソウと紫キャベツを豚バラ肉に巻き込んで炒めた「表参道ぐるぐる豚バラ巻」なるメニューに進化を遂げていました。
そしてテーマの3つ目はわすれな草。これは私と故人との若かりし日のエピソードにちなんだものなのですが、何十年前かの4月のある休日、故人とともに花屋でわすれな草の鉢植えを買った上で、馴染みの居酒屋からカラオケへとはしごをし、カラオケで「わすれな草をあなたに」という倍賞千恵子の昭和歌謡で盛り上がった挙げ句、二人が二人とも忘れな草の鉢植えを忘れてきてしまったという爆笑モノの事件があったのです。(*^▽^*) 会の当日は、わすれな草を故人の写真と共に小テーブルの上に飾ったほか、料理人たちが「ラベンダー ウェルカムドリンク」という名前のわすれな草を彷彿とさせるパープルがかった淡いブルーのウェルカムドリンクを用意してくれました。
そんなこんなで当日、供されたメニューは合計して11点(デザートの「メロン・デザートスープ」だけは写真を撮り忘れてしまいました(;゚ロ゚))。これらは前述した「北海道」「ぐるぐる」「わすれな草」の3つのテーマに基づき開発されていることに加え、故人が好きだったブラック、ブルー、ピンクをテーマカラーに設定し、例えば「北のスパニッシュオムレツ花畑」では、写真のようなピンク色のエディブルフラワーをあしらうなど、料理と飾りつけはこれらの3色を意識してトータルにコーディネートされていました。
次に、2つ目の狙いである「参加者それぞれの故人との想い出を共有する」上では、まず、主催者である私が保存していた数十年分の故人のスナップ写真の中から、なるべく多くの時代の、かつ、なるべく多くの参加者が写っている写真をピックアップ。アナログ時代の写真についてはデジタルカメラで撮影し直すと同時に、私が今でも大切にしている故人からプレゼントされた雑貨などの写真を新たに撮影して、計20枚弱の紙焼きを用意。富士フイルムのチェキのイメージにのっとり、写真の周囲になるべくホワイトスペースを残してそこに手書きでキャプションを添えたものを、前述のわすれな草と共に入り口正面の小テーブルの上にセッティングしました。
加えて、私自身が司会・進行を行う中で、故人のライフステージを4つに分け、それぞれのライフステージにおいて故人との付き合いが深かった参加者の中から代表者1名に、それぞれのステージにおける故人の様子を披露してもらい、他の参加者がそれを補足したり、質問を投げかけたり・・・というスタイルで会を進行。参加者によっては故人と付き合いのあった期間が限られている中、20代半ばから亡くなるまでを一望すると同時に、他者の視点を交えて1つのステージを深掘りすることで、故人への認識を深めることにつながったような気がします。
もうひとつ、今回の会でこだわったのは、幹事や料理人など会を仕掛ける側と参加者との双方向の仕組みづくり。そもそも故人のエピソードを参加見込み者から募集したこともその1つですが、結果的にメニューに具現化されたエピソードの応募者には、当日、参加者にメニューを紹介する際に、開発の基となったエピソードを披露してもらいました。また、当日のBGMについても、故人が好んでいたアーティストのCDを持ち寄ってもらうスタイル。さらに終了後には11種類の中から満足したメニューを3つ、手挙げ方式で選んでもらい、料理人たちにフィードバックするといった工夫も施しました。そう、これにより、広義でのインタラクティブ・マーケティングとも言える、参加者との価値の共創を目指したのです。
こうして平成最後の日に無事、終了した“〇〇さんを偲ぶ会”(今回の場合は偲ぶ会という表現を敢えて避けて、“〇〇さんとの想い出を語り合う会”と命名しました)ですが、ここで忘れてはならないのが会を支える料理人たちの存在です。今回の場合、故人を囲む仲間の中に、副業としてテーマ型ケータリングサービスにチャレンジしている女性がおり、彼女たちのチーム「kinu_y_to(キヌイト)」に会場の手配から飾り付け、料理に至るまでをリーズナブルな料金で依頼することができました。このような外部のサービスを利用するほか、料理好きの仲間が多い場合には、自分たちで会場を手配し、料理や飾り付けを行うこともできるかもしれません。
熟年世代の方々は、これから“〇〇さんを偲ぶ会”に参加されたり、あるいは自ら主催されたりする機会も増えてくるでしょう。そんな時にありきたりな会では満足できないという方は、今回の私の挑戦を参考にしていただければ、私の往年の親友である〇〇さんも天国で喜んでくれるのではないか。そんなことを思う令和元年のはじまりなのでした。