パーソナル情報活用のエコシステム構築を目指す「情報銀行」の発表を聞いて

2014年12月4日

去る11月28日、私が幹事を担っている日本ダイレクトマーケティング学会 次世代Web研究部会の定例会が開催された。今回の部会では、東京大学 空間情報科学研究センター教授/インフォメーション・バンクコンソーシアム代表の柴崎亮介氏による発表「銀行メタファーによるパーソナル情報管理の仕組み構築:『情報銀行』」、および本部会部会長である同志社女子大学 情報メディア学科 教授の中島純一氏とのディスカッションが行われた。

「情報銀行」とは、個人からパーソナル情報を預かり、安全に保管すると共に、これを集積・活用するというアイディアで、「自らコントロールする安心な利用」と「個人をハブにした多面的なパーソナル情報の統合化とその利活用促進」という点で、個人と企業の双方にメリットをもたらすサービスとして考案されたもの。
すでにこの3月には、情報システムの構築・運用を手掛ける企業、事業を通じて獲得した個人のデータの有効な活用方法を模索している企業、そしてデータの解析などを手掛けるデータ・インテグレーターらの参加によりインフォメーション・バンクコンソーシアムが発足し、向こう3年間の計画で、さまざまなトライアルに着手している。
柴崎先生の発表は、まずは「情報銀行」の説明からスタート。個人にかかわる多様なデータが携帯キャリア、クレジットカード会社、検索サービス、交通サービス、ネット通販、物販(POS)、ナビサービス企業などにより取得されているものの、これを有効活用する技術やノウハウが蓄積されておらず、加えて、散在するデータの関連付けがなされないという問題点を鑑みて、「情報銀行」のアイディアにたどり着いたとのことであった。
続いて、パーソナル情報の共同管理・利用のスキームについてご説明。「個人をハブにして散在するパーソナル情報を総合化」すると同時に、「企業群と利用者(個人)からなる総合的なパーソナル情報の利用コミュニティ」を作り、その「総合的なパーソナル情報の利用・管理を(西村注:「情報銀行」に)“信託”する」かたちを考えておられるとのことだった。つまり「情報銀行」は、個人から見れば「パーソナル情報を信託すると、本人のため、社会のためにより役に立ちかつ安全な利用を促進する組織」。企業から見れば、「総合化されたパーソナル情報を、安全に利活用し、新しいサービス・ビジネス実現を可能にする組織」なのである。
発表の後半では、個人の健康管理サービス、家族の安心・安全を支えるサービス、安全・安心・快適なシティライフを支えるパソナライズされたサービス、きめ細かで効果的な災害復興など、「情報銀行」が実現するサービスのイメージを紹介。つまり「情報銀行」は、「パーソナル情報活用の新しいエコシステムを創る」(西村注:社会を構成する企業や個人が協力してパーソナルなデータを集約し、これをより快適な社会を築くために活用する)ことにより、「情報保護と価値創造を通じて社会・世界に貢献」することを目指していくとのことであった。
この後、柴崎先生の発表は、「情報銀行」を実現する上でのポイントや課題、インフォメーション・バンクコンソーシアムによる取り組みの現状などの紹介をもって終了。中島先生とのディスカッション、さらには参加者との質疑応答を経て、部会は盛会のうちに終了した。
私自身は、月刊『アイ・エム・プレス』2014年4月号の特集「インタラクティブ・マーケティングの未来予想図」の中で、「情報を活用して価値を増やす『情報銀行』が始動」と題して柴崎先生にインタビューさせていただいたこともあり、「情報銀行」についての基本的なところは踏まえていたが、今回の部会の中でそれが厚みを増すと共に、発表の中でご紹介いただいた、個人が主体となって小売・サービス業をマネジメントする「VRM(Vender Relationship Management)」という概念や、「情報銀行」が実現した暁には広告がなくなるのではないかといったお話に興味津々だった。
この「情報銀行」構想には賛否両論あるだろうが、インターネット進展の起爆剤となった「Windows95」の登場から約20年を経て、ここまで進展したデジタル社会は、もう引き返すことのできないところまで来ている。そしてデジタル社会は、私たちに以前とは比べ物にならないほどの利便性を提供する一方、その負の側面のひとつとして、パーソナルなデータの流出・悪用と背中合わせでもある。
こうした中、“離れ小島で独り自給自足の生活を送る”のでもない限り、私たちはこの負の側面に向き合っていかなくてはならない。昨今話題の共通ポイントカードなどを媒介としたパーソナルなデータにかかわる取り組みが“商売”をベースとしているのに対し、“銀行メタファー”でパーソナル情報活用の新しいエコシステム構築を目指す「情報銀行」は果たして社会の全体最適を実現しうるのか。今後も引き続き、その動向に注目していきたい。