ダイレクトマーケティングをめぐる既視感

2016年3月31日
このところ、イベントやプロジェクトなどを通し、ダイレクトマーケティングについて改めて考えさせられることが重なっています。中でも先日、とあるWeb系のイベントに参加したところ、「マスからデジタルへ」といった呼びかけがなされており、かつて「マスからダイレクトへ」を連呼していた私としては思いっきり既視感を覚えると共に、この数十年間、マーケティング・コミュニケーションを支えるインフラやテクノロジーこそ進化しても、ビジネスの在りようはさほど変化していないのではないかと思わせられました。そこで今日は、ダイレクトマーケティングに改めて焦点をあて、その変遷を振り返ってみたいと思います。

そもそもダイレクトマーケティングは、米国で通信販売会社をクライアントとする広告会社を経営していたレスター・ワンダーマンが生み出した概念です。1961年に通信販売会社の首脳陣向けの講演ではじめてこの用語を公的に用い、その後1967年にMITで「ダイレクトマーケティング—販売の新しい革命」と題した講演を行ったのを機に、多くの人々から注目されることになったとのこと。ワンダーマンはその著書の中で当時を振り返りつつ、産業革命の恩恵とも言える大量生産・大量マーケティングの仕組みはあまりにも間接的で、個客のニーズに耳を傾けていない。こうした状況を改善するためには生産者と消費者の直接的な対話を再開することが不可欠であり、ダイレクトマーケティングこそがそれを実現するベストな方法であるといった趣旨のことを記しています。(※1)

レスター・ワンダーマンの著書、『ワンダーマンの売る広告 顧客の心をつかむマーケティング』
レスター・ワンダーマンの著書、『ワンダーマンの売る広告 顧客の心をつかむマーケティング』
ダイレクトマーケティングの定義としては、「1つ、または複数の広告メディアを用いることにより、効果の測定できるレスポンスを発生させ、商取引をどんな場所でも行うことができる双方向のマーケティングである」というものが知られています。これは今を去る30年ぐらい前に米国の『Direct Marketing』誌に継続的に掲載されていた、ワンダーマンに影響された当時の米国のDirect Marketing Association(DMA)の指導者たちによる定義。そのDMAの名称は、1917年の発足時点ではDirect Mail Advertising Association(DMAA)だったものが、その後1973年にはDirect Mail Marketing Association(DMMA)に、そして1982年に現在のDMAへと変更されています。(※2)

この度重なる名称変更には、そもそもダイレクトメールの活用方法を研究する団体であったDMAAが、その後、マーケティングの重要性の高まりに連れてDMMAに、そしてダイレクトメール以外のさまざまなメディアが利用されるようになったことを受けて、2つ目のMであるMailを外してDMAになったという経緯があるそうです。そして、現名称に変更した翌年に当たる1983年の同協会年次大会で、ワンダーマンは、T.レビットの『マーケティングの革新』(ダイヤモンド社)を引用しながら、ダイレクトマーケティングをリレーションシップ・マーケティングと呼ぶことを提唱。(※2)さらに私が同大会に直近で参加した2013年には、ビッグデータの時代を受けて、DMAをData Driven Marketing Associationに変更することが検討されていたなど、その名称を巡る議論は、環境の変化を見据えつつ、今なお継続しています。

日本においてはここ数年、「すべてのマーケティングはダイレクトマーケティングに向かっている」などと言われるようになると同時に、ダイレクトマーケティングという言葉を耳にする機会は減少しているように感じられます。しかしこれは、ダイレクトマーケティングの存在意義が失われたことを意味するわけではなく、情報流通量の増大、およびマーケティング・コミュニケーションを支えるインフラやテクノロジーの進化に伴い、ダイレクトマーケティングが通信販売に限らず多様な領域に適用されるようになったことで、あえてダイレクトマーケティングという言葉を用いる必要性が薄れてきたためだと言えるでしょう。

というのは、そもそもダイレクトマーケティングには、①メディアを活用して、場所に縛られずにビジネスが展開できる、②不特定多数(マス)を十把一絡げにするのではなく、一人ひとりの顧客にあった商品やサービスの提供を推進できる、③レスポンスを発生させることで、投資対効果が測定できる、④一人ひとりの顧客との継続的な関係を構築できる、⑤テストを積み重ねることで、マーケティング活動の最適化を推進するなどの特徴があります。これは環境こそ違えども、現代を生きる企業がまさに直面している課題にほかならず、冒頭で述べたWeb系や、今、注目のB2B系、あるいはビッグデータのマーケティング活用系のグループなどが、従来とは異なる立場から、異なる用語を用いて、類似の議論を展開しているのはご存じの通りです。

このようにダイレクトマーケティングという言葉の意味を共有することが難しくなっている中、ある広告代理店では、新入社員にダイレクトマーケティングについて説明するに当たって、「見える化」という言葉を使っているとのこと。確かにダイレクトマーケティングは、ターゲット顧客から直接的に注文・来店・リードなどのレスポンスを取ることで、マーケティング活動の投資対効果を“見える化”するし、また個々の顧客の購買履歴やコンタクト履歴を蓄積・分析することを通して、個客の“見える化”にも寄与します。また、マーケティング・コミュニケーションにおいてもPDCAサイクルを回すことの重要性が指摘される昨今、これを学ぶ上でも、前述の⑤の特徴を持つダイレクトマーケティングは重用されるところと言えるでしょう。

また、あるダイレクトマーケティングのコンサルタントは、私が顧問を担うDirect Marketing Workshopでの講演時に、ダイレクトマーケティングを「お客さまから情報をもらうこと」と説明されていました。これも個客の“見える化”に繋がる話ですが、今ではお客さまからもらう情報は、購買履歴やコンタクト履歴に限らず、Webのアクセスログやソーシャルメディア上のデータ、さらにはIOTにより収集される製品の利用状況など、いわゆるビッグデータへと広がっていると言えるでしょう。

ところで、冒頭で触れたWeb系のイベントでの既視感は、どうやら「マスからデジタルへ」というその掛け声のみに起因しているわけではないのかもしれません。そこでは合わせて、“デジタル・マーケティングではなくマーケティングのデジタル化”が重要だといったことが指摘されていたのですが、ここで思い出されるのは、前述のDMAの名称変更の経緯です。約100年前に発足した時には、ダイレクトメールの活用方法を研究するといういわば“メディアありき”なところからスタートした同協会は、それから50余年を経て名称に冠したMailを外しました。これと同様に、インターネットの普及から20年を経た今日、Webの世界も、“メディアありき”“テクノロジーありき”から、“マーケティングありき”に変わってきているということではないでしょうか。

以上、私自身がWeb系のイベントで感じた既視感を起点に、ダイレクトマーケティングのことを改めて考えてみましたが、ダイレクトマーケティングの世界で育ってきた私としては、Web系はもちろん、前出のB2B系やビッグデータのマーケティング活用系の方々に、今一度ダイレクトマーケティング領域のこれまでの経験値を学ぶことをお勧めしたいと思っています。そしてその一環として、本サイト上に公開している月刊『アイ・エム・プレス』の過去20年間の企業事例を活用していただければ、雑誌記事データを本サイト用に転換する当たっての私たちの文字化けとの戦いも報われるというものです。

<参考文献> ※1 『カタログ通信販売—注目企業のダイレクトマーケティング戦略と業界展望』(工業市場研究所) ※2 『ワンダーマンの売る広告 顧客の心をつかむマーケティング』 著者:レスター・ワンダーマン、監訳:藤田浩二、監修:電通ワンダーマン(翔泳社)