クリーニングの革命児、喜久屋にトップインタビュー

2010年7月19日

先週は、クリーニング業界の革命児とも言える、
(株)喜久屋にトップインタビューに伺った。
同社には、月刊『アイ・エム・プレス』2010年5月号の特集
「デフレ脱却への処方箋」のケーススタディで取材させていただいたが、
既存の枠組みに囚われないユニークな事業展開が好調な滑り出しを見せており、
これはトップインタビューもお願いしようということになった次第。
実際に私自身がインタビューさせていただいて、
二代目経営者である中畠信一氏のユニークなアイデアと、
経営者としての揺るぎない信念には頭が下がる思いがした。
喜久屋のトップインタビューは、
月刊『アイ・エム・プレス』2010年9月号に掲載されるが、
これに先駆けて、インタビュアーとしての私が感動したポイントを
いくつかご紹介したいと思う。
このところの不景気の中で、
経営難に頭を抱えている経営者は多いはず。
喜久屋ももちろん、その例外ではない。
しかし、同社にとって今回の不況は、1998年の工場の火災を筆頭に、
何度となく潜り抜けてきた経営難のひとつでしかない。
そして何よりも、クリーニング業界の市場規模そのものが、
1992年度の8,160億円をピークに下がり続け、
2009年度にはついに4,300億円を割り込み、
ピーク時の半分近くに縮小しているのだ。
こうした過酷とも言える経営環境の中、喜久屋では往年の売上規模を維持。
直近ではこの5月から、ようやく今回の不況の影響を脱却し、
売上高は前年同月比でプラスに転じている。
好業績の要因は、既存クリーニング店のスクラップ&ビルドと、
既存の経営資源を生かした新規事業の開発。
こう言うと月並みな成功物語に見えるかもしれないが、
過酷な経営環境下でこれを実現するのは容易なことではない。
その背景には、冒頭でも述べた経営者としての揺ぎない信念と、
既存の枠組みに囚われない自由な発想が横たわっていると言えるだろう。
前者、すなわちスクラップ&ビルドについては、
1998年当時には併業店を含めて290を数えていた店舗を
クリーニング専業に特化するかたちで、145店舗にまで絞り込み。
これに伴い、1店舗当たりの最大売上高は、かつての倍に達している。
また後者、すなわち新事業については、すでに3事業を軌道に乗せているが、
中でも感動モノは、洗濯物を半年間保管できる「e-closet」の開発秘話だ。
そもそもクリーニング業は、年2回の衣替えに伴う繁閑の差が大きいのが特徴。
この結果、従来からのやり方では、お客様は満足しても、
従業員は繁忙期には残業、閑散期には時短を強いられ、
一定時間の安定的な勤務は望むまでもない。
また企業にとっても、月ごとの売上高の増減が激しく、
需要が少ない時期には赤字を強いられることに加え、
ピーク時に合わせた生産設備への投資が求められるなど、
同社が目指す“三方善し”にはほど遠い状況であった。
そこで中畠氏は、需要の谷間を埋め、業務を平準化する方法論を模索。
試行錯誤の後、クリーニング代のみで半年間保管ができる「e-closet」を開発し、
インターネットにより全国の顧客開拓に乗り出した。
結果、洗濯物の保管スペースを取らないことが好評を博し、
普段は近所のクリーニング店を利用する顧客の
衣替えに伴う季節需要をしっかりキャッチ。
従業員の勤務時間が平準化したのはもちろん、
同社にとってもかつての赤字月の業績がトントンに。
つまり、クリーニングを住環境改善サービスに置き替えることで、
念願の“三方善し”が実現することになったわけだ。
中畠氏曰く、“商品は時代とともに変化するもの”。
その時代、時代で変化する顧客のニーズを適えることが肝要というのがその心だ。
喜久屋では、今後、異業種とのアライアンスにより、
生活関連の総合サービスを目指していくという。
顧客の要望に応えるかたちで新業態を開発することにより、
右肩下がりのクリーニング業界に身を置きながらも、
業績を右肩上がりに持っていくことができるはず。
数々の試練を乗り越えながらも、3つの新事業を軌道に乗せた中畠氏は、
その未来への展望を熱く語ってくれた。
喜久屋のトップインタビューのさらなる詳細は、
月刊『アイ・エム・プレス』9月号に掲載!
これを読めば、元気になること請け合いです!!