「検索ぐせ」に思う

2007年5月19日

今朝、mixiを見ていたら、ある友人が日記の中で「検索ぐせ」に触れていた。
いつの間にか、何かわからないことがあると、
すぐにネットで検索するくせが付いてしまったというのだ。
そしてその友人は、最近出会った「球体経営」という新しい言葉を、
検索したくなるのを我慢して、自分の力でイメージしようとしている。
AIDMAからAISASへと言われていることからもわかるように、
私たちの日常にはネット検索はもはや不可欠な行為に違いない。
しかし、いつしかこれに毒され、自分の力で考えるとか、
イメージするとか、クリエイティビティを発揮するとか、
アイデアを搾り出すといったことを忘れがちになってはいないか?
米国の学校で多くの学生がウィキペディアを使って論文を書いたところ、
その元ネタが間違っていたというニュースを耳にしたのは記憶に新しいが、
海の向こうの話ではなく、私たちの回りにも検索フリークは少なくない。
私が知るある若者は、焼鳥屋に飲みに行った時にまで、
何かわからない言葉が登場すると、その場でGoogleで検索しているし、
また別の若者は、(そこそこの英語力があるのに)英文メールを書くというと、
常にYahoo!の自動翻訳ソフトのお世話になっているらしい。
そう言えば、先日、コールセンター関係の友人と会ったときのこと、
最近のコールセンターではKPIばかりフォーカスされがちで、
電話の向こう側のお客様がどんな気持ちなのか、
どうすれば満足していただけるのかをイメージする力が弱体化しているとのこと。
一言で言えば、コールセンターがつまらなくなっているのだ。
検索ぐせとはちょっと趣が違うかもしれないけれど、
目標KPIの達成に向けて、Q&Aが決められているとすれば、
それもこれも根っこは一緒な気がする。
ところでmixiに検索ぐせの日記を書いた友人は、
その最後にガキの頃の野原での思い出を引き合いに出している。
私自身も幼い頃、父にセミの(素手での)採り方を教えてもらったものだが、
何度となく逃げられたり、オシッコを引っ掛けられたりしながら、
自分なりに工夫して、いつしかつかまえることができるようになった。
大量の情報を浴びせられて弱体化した記憶機能を検索エンジンで補填する。
このままじゃ、人間はGoogleやYahoo!を頭に埋め込んだサイボーグになっちゃう。
人間は考える葦であるって言ったのは誰だでしたっけ?
(思わず検索してしまいましたが[[pict:meromero2]]パスカルでした。)
特に若い人たちに言いたい。
検索する前に、自動翻訳ソフトを使う前に、そしてマニュアルを見る前に、
まずは自分の力で考えてみようよ!