DM、TVCM、新聞などでの広告展開を一切行わずに、ローコストで1万人ものお客様にスポーツカーを販売した本田技研工業(株)。その大きな勝因は、商品の認知→理解→購入意欲の喚起→購入に至るまでの一連のプロセスすべてを、パーソナルかつタイムリーなコミュニケーションができるeメールとWebで行ったことにある。
社内複数部門を横断した組織でホームページやメールマガジンを企画
1996年7月と、日本の大手自動車メーカーの中では、本田技研工業(株)がホームページを開設したのは後発。しかしマーケティング分野では、ホームページとeメールを有効活用して大きな成果を挙げている。
同社のWebサイトの制作過程を見ると、コンテンツ企画を特定部署に任せず、それぞれの部門が責任を持って提供した最新かつ正確な情報を、料理のようにひとつのお皿に盛り付ける手法を採用。各部署から挙がったコンテンツの制作業務は広告代理店に委託。プル型メディアであるホームページをフラットなバザールに見立て、お客様が見たいときにいつでも欲しい情報を気軽に検索できるよう、車種別、カテゴリー別に情報を整理した。また、希望者には欲しい車種のメールマガジンを配信し、特化した情報も提供している。
全体を統括し、クオリティの維持に努めているのが、同社のホームページ企画課である。具体的には、方向性を決めたり、調整を図ったり、進行管理をしたり、お客様からのeメールでの問い合わせをチェックするなどの業務を担う。広報や宣伝、マーケティング部門やお客様相談室のスタッフとも連携を密にとりながら、社内を横断したバーチャルな組織でeメール・マーケティングを展開している。
では、実際にeメールをどのように活用しているのかを見てみよう。1998年9月に創立50周年記念車として発表された「S2000」では、TVCMや新聞広告、DMを一切打たずに、Webとeメールのみを活用し、前例のないプロモーションを実施した。
同社では、さまざまなアンケート調査を通じて、車種ごとに顧客の年齢、性別、ライフスタイル、嗜好、収入などの情報を詳細に把握し、その分析結果に基づいて、ロイヤルティの高い見込客を割り出している。特に「S2000」は、高額で嗜好性の強いスポーツカーゆえ、マスメディアで広く宣伝しても効果が薄いと判断。認知→理解→購入意欲の喚起→購入に至るまでの一連のプロセスをすべて、パーソナルかつタイムリーかつクローズドなコミュニケーションができるeメールとWebで行った。これなら余計なノイズが混入せず、低コストで済むからだ。
発表と同時に、「S2000」にフォーカスした最新情報や関連ニュース、ドライビングガイドや壁紙のダウンロード情報などを毎月1回配信するメールマガジンを発刊。キャンペーンやイベント情報を告知する一方で、愛車の写真募集などの読者参加型の企画を意識して盛り込んだ。同車種でも購入前、購入準備中、購入後では、お客様の求める情報は変わってくる。そこでこうしたニーズの変化にも応えられるように、コンテンツ制作に注力しているという。また、毎年1回アンケート調査も行っているが、パーミッションのバンドが狭いだけに、高いパネル効果を発揮。この結果を、新商品の開発やモデルチェンジ、ホームページの改善などに活かしている。
また同社は、読む意思のない人にはあえてメールマガジンを送っていない。会員登録の際は、同社のホームページ上の登録フォームで意見や感想なども求め、ハードルを高く設定することで、顧客情報を集めながら、関心の高い見込客だけを絞り込んでいる。それゆえ、情報の開示率、理解度、アンケートやキャンペーンへのレスポンス率、購買率は、通常のDMとは比較にならないほど高いという。郵送料・人件費も軽減できる上、見込客の絞り込みや情報伝達の手間や時間の短縮も図れた。ここ5年間を振り返ると、ピーク時には3万人がメールマガジンに会員登録。アンケート調査では、1万8,000人が「購入したい」と答えており、実際に1万3,000人が「S2000」を購入したそうだ。3分の1以上の購入率は前代未聞の数値。その中には、当初「買う気がない」と答えたにもかかわらず購入してくれた人もいる。低コストで400億円市場を創出したばかりか、購入検討者があと2割も残っていることは、今後の好材料と言える。
無限の顧客は存在しない 一握りの見込客をつなぎとめることが大切
同社はなぜ、eメールを使ったマーケティングで、前述のような大きな成果を達成できたのだろう。
「私たちは、狩猟民族ではなく、農耕民族です。一時の仕掛けでお客様を囲い込むのではなく、10年以上の長いスパンでお客様とのOne to Oneのコミュニケーションを行うことによって、密につながろうと考えています。この世に無限のお客様は存在しません。ほんの一握りのお客様がそれぞれのビジネスの周りに存在するだけです。その一握りのお客様との関係作りを強化するために、アンケート調査を行ったり、現在30種類以上のメールマガジンを配信し、全部で30万人の登録会員に購読していただいています。近年行ったメールマガジンについてのアンケート調査では、95%の方が配信をやめないでほしいと回答していました。しかし一方で、すぐに車を買いたいというお客様は会員の4割に過ぎません。私たちは、現在購入意思はなくてもいつか見込客になり得る会員を100万人に増やせるよう、それぞれの車種の熱烈なファンを育成し、顧客満足度を高めていくことを大きな目標にしています」(ホームページ企画課 課長・渡辺春樹氏)。
平均すると車の買い替え時期は7年ごと。買ったばかりなのに、また新しい車種を紹介されてもうんざりするものだ。しつこくお客様を囲い込もうと追い掛け回しても、逆にお客様の心は離れていく。何年かして、新しい車が欲しいなと興味を持ち始めた頃に、自分の嗜好にあった車の情報があれば、買い替えを考え始める。そういう意味で、見るか見ないかの選択権がお客様にあるeメールは、威圧感を与えずに情報を伝えることができ、細く長くコミュニケーションを図れる有効な手段である。おそらく、同社のメールマガジンの会員は、車を売り付けられているという不快感を持っていないはずだ。知らず知らずのうちに関心のある車の情報が蓄積され、共感が生まれ、高いロイヤルティが醸成され、今度買い替えるときにもぜひホンダ車にという思いが高まっていくようだ。
「S2000」のほかに会員が多いメールマガジンは、「ステップワゴン」が約2万1,000人、「インテグラ」が約1万人、「NSX」が約8,500人など。全登録会員を対象にアンケート調査を行ったところ、75%の会員がひとつのメールマガジンしか購読していないことが判明。つまり、多数のメールマガジンが存在していても、読みたいものはひとつだけという会員が4分の3を占めているのだ。その証拠に、「ステアリング・クラブ」というスポーツカー全般に関するメールマガジンの会員数は5,500人。単独車種のものより少ない。
カタログ請求チャネルに関するアンケート調査でも、面白い結果が出ている。同社の人気車種O車の場合、Webでカタログを請求した人が2万5,000人。販売店からのDMやチラシを見て、ネットで請求した人は1万8,000人。両チャネルの重複請求者は800人未満であった。またL車でもホームページ経由の請求者が6,200人、販売店が配布した7,000万部のDMを見て請求した人が4,200人。重複請求者はわずか76人という結果が得られた。車の購入意欲が高い人には明らかな嗜好特性があり、そのセグメントされた顧客にアプローチしたほうが断然高い効果を得られることが証明されたのだ。
お客様からの質問や意見を上手に吸い上げ、分析しているのは、eメール・マーケティングを総括するホームページ企画課の手腕だ。そのデータ管理の秘訣を渡辺氏に聞いたところ、「データベースは大きくなればなるほど使い勝手が悪くなり、セキュリティ管理が難しくなります。データを細かく分散してリスク管理を確実に行い、いくつもの小分けにしたデータベースを回せる大きな検索エンジンを持つことです」という。