2019年3月26日
去る2019年2月15日、消費者関連専門家会議、日本経済団体連合会、消費者庁の主催により「2019消費者志向経営トップセミナー」が開催されました。同セミナーは、花王 常務執行役員 松田知春氏による講演「“よきモノづくり”を通して、人と地球の未来に貢献。~花王の消費者志向経営~」、第4回ACAP消費者志向活動表彰「消費者志向活動賞」表彰式、関西消費者協会理事長/同志社大学大学院ビジネス研究科 研究科長 教授 蔵本一也氏をコーディネーターとしたパネルディスカッション「SDGsと消費者志向経営」から構成。私はこのうち松田氏による講演を受講してきました。
花王と言えば、消費者対応における草分け的企業であり、かつリーディング・カンパニーの1社でもあると認識しています。私が前職時代に編集の一翼を担った『消費者問題と企業の対応』(工業市場研究所、1978年9月発行)によると、同社の消費者相談窓口の前身である家事科学研究所は、戦前の1934年に「家事を科学的に調査研究し、もってわが国の家庭生活の向上を計らんがため」に設立されたとのこと(1937年に長瀬家事科学研究所に改称)。そして1971年には、これを前身とする花王生活科学研究所が設立。その後の組織的変遷を経て、現在では同社の消費者相談窓口は生活者コミュニケーションセンターとして活動を展開しています。
同社の消費者相談窓口部門では、1978年に消費者相談を全件インプットして社内での解析を可能とする「花王エコーシステム」を開発すると同時に、正確で迅速な情報提供のために商品情報をマイクロフィルム化。前者が今で言うお客さまの声を社内で共有するためのVOCポータルならば、後者は今で言うFAQシステムの原型と言うことができるでしょう。私はリリース後まもなくに、これらのシステムを見学させていただいたことがあるのですが、後者にマイクロフィルムを利用した理由について、多様な角度から撮影した膨大な商品画像の蓄積・閲覧を可能にするためとお伺いしたと記憶しています。当時のIT環境では、それが現実的かつ妥当な選択肢だったということなのでしょう。
さて、今回の講演は大きく、①花王のよきモノづくり、②生活者コミュニケーションセンター、③ユニバーサル視点でのモノづくり、④人と地球の未来へ貢献するモノづくりの4つのパートから構成。①では、企業の紹介に引き続き、“社会にとって今後とも真に有用である”をスタート地点とした「商品開発5原則」、さらには企業理念である「花王ウェイ」を紹介。モノづくりを通して“人と人、人と地域、人と社会とのつながりを強める”ことで社会に役立ち、持続的な利益ある成長を遂げることこそがメーカーのあるべき姿であるとした上で、同社代表取締役 社長執行役員 澤田道隆氏が「花王ウェイ」を核とした消費者志向経営を社内に広く伝えるために2017年1月13日に発表した「消費者志向経営自主宣言」が紹介されました。
同宣言は、①経営トップのコミットメント、②コーポレートガバナンスの確保、③私たちは、お客様の満足を実現するとともに、社会のサステナビリティに資する商品とブランドを提供する“よきモノづくり”を全員参加で行ないます、④私たちは、お客様の声を真摯に受け止め商品やサービスの改善に活かします、⑤私たちは、お客様の立場にたった情報提供や、お客様との交流を積極的に行なっていきますという5項目から構成。CSVすなわち社会的課題の解決まで見据えた消費者志向のモノづくり、「花王エコーシステム」を活用したVOC活動、そして製品購入者をはじめさまざまなステイク・ホルダーとの双方向コミュニケーションの推進までをカバーしているところは、この分野のリーディング・カンパニーならではと言えるでしょう。
今回の講演ではこれに引き続き、現在の同社の消費者相談窓口である生活者コミュニケーションセンターの活動に言及。同センターの役割を消費者相談、VOC活動等による事業支援、商品や生活に関する情報発信、品質保証活動、行政機関や消費者団体などとの交流活動などと紹介した上で、「花王エコーシステム」を活用したVOC活動の仕組みや、「花王ユニバーサルデザイン」の指針とその具体例が紹介されました。ちなみに「花王エコーシステム」へのVOC蓄積件数は年間20万件に及び、このうち問い合せが60%、ご指摘が40%を占めているそうです。
前述の通り、花王は消費者対応に秀でた企業には違いないのですが、こと消費者対応となると必ずしも取材にご協力いただけるとは限らなかっただけに、今回のセミナーは私にとって貴重な機会となりました。そして久しぶりにお話しをお伺いしてみれば、この古くからの消費者対応におけるリーディング・カンパニーは、今や企業とその顧客という二者間の関係を飛び越え、ステイク・ホルダー全体を視野に社会的課題の解決を推進するというより大きな枠組みの中で、「商品開発5原則」の初めに掲げられた「社会にとって今後とも真に有用」であることを模索し始めているように感じられました。