ルディー和子さんの新刊『男子系企業の失敗』を読んで

私の会社が発行していた月刊『アイ・エム・プレス』のコメンテーターを長年にわたり担っていただいていたルディー和子さんが、この11月に日経BP/日本経済新聞出版局より新刊を上梓された。タイトルは、『男子系企業の失敗』。帯には、「役員には選ばれた、しかし経営はできない。」というエキセントリックなキャッチコピーが踊っている。

ルディーさんが本書を認められたのは、「なぜ、日本企業は現状維持志向が強いのだろうか。」「なぜ、日本の経営者は改革という名のもとに改善型経営に徹してきたのだろうか。」といった素朴な疑問を抱いたことがきっかけ。つまり、中高年男性ばかりが経営の主導権を握る同質性集団が長期低迷を招いた原因を、社会心理学や行動経済学などの広範な学識をベースに、事例を交えて解説した書籍である。

ルディー和子さんの新刊、『男子系企業の失敗』は、「日経プレミアシリーズ」として、2023年11月9日に発行された
ルディー和子さんの新刊、『男子系企業の失敗』は、「日経プレミアシリーズ」として、2023年11月9日に発行された


本書は、「日本企業、30年不変のシステム」「男らしく、リスク回避的は宿命か」「『しがらみ』という戦略的互恵関係」「男子系組織がもたらす想定外の弊害」「同質性集団が繰り広げる同質的競争」「素人の経営を脱する究極の感情」の6章から構成される。

まず第1章の「日本企業、30年不変のシステム」では、日本企業の現状維持バイアスが高いのは、日本企業の組織が男性中心の同質性集団であることにかかわっているとすると共に、この組織の同質性が終身雇用と新卒大量一括採用の2つの制度により、より強固なものになっていったと指摘。そして、真の意味での改革をしないで、その時々の問題に対処して情報システムを改善してきたのが「失われた30年」の実態だと結んでいる。

第2章の「男らしく、リスク回避的は宿命か」では、現状維持バイアスに陥る理由として、移行コストと損失回避性を提示。後者は世界共通の性向と言えるが、日本社会の文化や価値観の観点から見ると、日本企業の損失回避性、ひいては現状維持バイアスの特異性を明らかにすることができるとして、「ホフステードの国民文化モデル」を用いることで、「日本は『男らしい』文化や価値観を持った社会だから損失回避バイアスが高い」とした論文を紹介している。

第3章の「『しがらみ』という戦略的互恵関係」では、日本企業が同質性集団を形成する源として、終身雇用、年功序列、新卒一括採用を挙げ、その弊害に言及。集団思考、そこから生まれる前例主義や説明責任のない組織、忖度やしがらみなどがそれだが、これらが非難され、組織の不活性化を進める元凶だとわかっていながらも、根本的な改革に着手する経営者が限られていた理由として、前述の損失回避性から来る現状維持バイアスに囚われた、あるいは同質性集団自体が現状維持バイアスを増長した可能性を挙げている。

第4章の「男子系組織がもたらす想定外の弊害」では、男性中心の同質性集団と女性中心の同質性集団はどのように異なるかに言及。「男性は競争を好み、女性は競争を避ける」と言われるが、そこには後天的な要因と生来的な要因があるとして、前者について私たちの育てられ方に触れると共に、後者については男性ホルモンのテストステロンが闘争ホルモンである一方、女性に多いホルモンのオキシトシンが共感性や絆を強めると言われていることを紹介。日本の組織が、男性集団であるがゆえに権力闘争に陥りやすいことに加え、女性が女性らしさを発揮できないこと、日本の女性が労働者ではなく消費者であり続けていることなどにも興味深い考察が加えられている。

第5章の「同質性集団が繰り広げる同質的競争」では、日本企業の行動特性のひとつと言われる同質的競争に言及。同質すなわち横並びであることは現状維持志向のなせる技であるとすると共に、日本企業は同一業界内などの動きを捉え、これに遅れを取らないように追随すると指摘。高度成長の時代ならいざ知らず、縮小する市場で成長するためには新規市場の開拓、既存市場の拡大、競合の買収や統合といった戦略が求められるにもかかわらず、多くの日本企業がマス市場を捨てられなかった要因として終身雇用性を提示。経営者の仕事は「雇用し続ける」ことではなく、「生きがいを持って働くような環境を作る」ことにあると主張している。

最終章の「素人の経営を脱する究極の感情」では、過去30年間、日本企業のリーダーが現状維持に終わってしまった理由として、①同質性集団で育った人材はリーダーの器にはなりにくい、②日本企業では現社長が次期社長を指名することが多いといった2点を挙げた後、「外れ者」をリーダーにする効用に言及。経営の素人が多い、マーケティング感性に乏しい、真面目で決断力と実行力に乏しいなど、日本企業のリーダーの問題点を挙げた上で、自分が決断したことをやり抜き、実行した結果を乗り越えるためには非認知能力が重要であると指摘。最後に「感情的勇気を醸成する多様性のある組織」の重要性に言及して、本書を締めくくっている。

以上、各章の構成を振り返ってみたが、本書は新書形式とは言え、必ずしも読みやすいとは言えない。というのは、前著同様に、ビジネスはもちろん、多様な分野の筆者の専門知識が凝縮されていることに加えて、たくさんの調査結果や事例が散りばめられているからだ。後者は専門知識への理解を容易にするために付加されているのだろうが、その面白さ故に、読み手のイマジネーションがあちこちに飛んでいき、ともすると迷子になりかねないところがある。

そんな中、私自身は、迷子になりそうになりながらも何とかストーリーをたぐり寄せると共に、これを自分がこれまでに営んできた会社の組織マネジメントのありようや、事業コンセプトなどになぞらえて、面白く読ませていただいた。中でも私が興味を持ったのは、自分自身が女性であることとこれらとの関係性がありやなしや、そしてあるとしたならばどのようにかと言ったところだ。

本書は、ルディーさんならではの視点であぶり出した日本の企業組織の特徴を知ると共にその課題や解決のためのヒントを学ぶことができる良書であるが、立場はどうあれ、読者はそれを自身のビジネス経験に照らしてみることにより、一粒で二度も三度も美味しさを味わうことができるのではないか。最も、「男子系企業」のリーダー達にとっては、「良薬は口に苦し」の側面もあるのかもしれない。