店舗とECサイトを融合し上質なユーザー・エクスペリエンスを提供

(株)髙島屋

(株)髙島屋では、2012年9月から「長期経営戦略プロジェクト」に着手し、店舗とECサイトの融合を柱とするオムニチャネル戦略を打ち出した。今後5年間で、店舗の全商品をECサイトでも販売するほか、チャネルを問わず、可能な限り“個客”を把握可能なシステム環境を整え、新たな価値創造を目指す。

「情報プラットフォーム」という新しいコンセプト

 国内消費の低迷や小売事業者間の競争激化を受けて、厳しい環境にある百貨店業界。(株)髙島屋では、2012年9月に山口、松本両専務をはじめ約15人をメンバーとする「長期経営戦略プロジェクト」(以下、同プロジェクト)を立ち上げ、国内18店舗の百貨店事業とネット通販の融合を加速させるオムニチャネル戦略の展開を本格化させた。
 これに先立ち、2012年6月には、人気セレクトショップが出店するオンライン・ショッピング・サイト「SELECT SQUARE」を運営する(株)セレクトスクエアと業務提携。セレクトスクエア代表取締役の属健太郎氏を同プロジェクトの中核メンバーとして迎え、2013年2月からは、通信販売事業などを統括するクロスメディア事業部長を同氏が兼務している。
 同プロジェクト立ち上げの背景にあったのは、百貨店がかつて、ファッションや芸術、文化などのトレンドや最新情報を発信し、生活者に“夢”を売っていた時代の魅力やブランド価値が、急速に失われつつあることに対する強い危機感であった。そのため同プロジェクトにおいては、従来型の百貨店モデルの枠を超えたイノベーションの重要性が指摘されたが、これまで重視してきた「品ぞろえ」「売り場」「接客」という3つの視点からだけのアプローチでは現状打破は困難と考えられた。そこで注目されたのが、「情報プラットフォーム」という新たな視点である。
 情報プラットフォームは、次世代の有望な販売チャネルであるECサイトの拡充だけを意味するものではない。その成立要件を①Webサイトをはじめ各種メディアを通じた顧客コミュニケーション、②顧客コミュニケーションの戦略的なデザイン、③顧客データベースや情報インフラを支えるIT、④商品の調達から宅配までを管理するロジスティクスとし、全社を挙げた百貨店モデルの抜本改革につながるものと位置付ける。
 情報プラットフォームのコンセプトに基づく、同社のオムニチャネル戦略は、店舗とECサイトの融合によって、いつでも、どこでも顧客に同社の商品を購入していただける環境を整備すると同時に、競合他社にはない付加価値の高いサービスの創造を目指す。グループ経営の目標に「新しい価値を提供し続ける創造的企業への変革」を掲げ、社内の意識改革を促した。

将来的に2,000 万人規模の顧客データベースを目指す

 こうした動きと並行して、オムニチャネル戦略推進の中心的役割を担うことになったクロスメディア事業部が、マーチャンダイジングや物流を担う事業部門や主要店舗との間で協議や調整を進め、2013年から向こう5年間で取り組む行動計画を策定。①マーチャンダイジング、②顧客データ、③商品と顧客のマッチング、という側面から継続的に業務を見直すことにした。これは、百貨店ビジネスに限らず小売業が本質的に、商品と顧客のマッチングという性格を持ち、マッチングの精度や顧客満足度の向上が、収益の最大化につながるとの認識に立ったものである。
 ①については、原則的にリアル店舗で取り扱う全商品をECサイトでも販売するものとし、掲載商品を現在の10万点弱から100万点の水準まで順次拡充。また後述するデータ分析を効率化するため、商品マスターの見直しも行う。
 ②についてはまず、従来、グループ内で独立して運用されてきた主要な顧客データベースのシステムを改修し、一元的な運用環境を整備するもので、対象はハウスカード会員約220万人、公式ECサイト「髙島屋オンラインストア」会員約85万人、SELECT SQUARE会員約35万人。さらに“個客”を可能な限り多く補足できるシステム環境を構築していく方針で、生体認証など新たな技術の導入も視野に、将来的には、2,000万人規模の顧客データベース構築を目指す。
 ③については、①と②の進捗をにらみながらデータ分析を強化し、分析を通じて得られた仮説から試行的な複数施策の投入を始める。顧客を年代別に30~40代、50~60代、70代以上の3階層に分け、さらに「衣」「食」「住」という3カテゴリーごとに知見を深めていく考えで、パーソナライズされた、きめ細かな施策を体系化し、マッチング精度の向上を目指す。

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店頭に掲示するポスターでも、「髙島屋オンラインストア」を告知。利用を促している

競合の通販に流出している潜在的需要の取り込みを図る

 こうした①②③の効果が目に見えて現れるのは、システム環境の整備が進んだ後の来期以降。ただしクロスメディア事業部ではすでに、ECサイトの運用面の改善などから取り組みを始めており、髙島屋オンラインストアとSELECT SQUARE の両サイトの売り上げを、2013年2月期の約65億円から今期は約50%増の100億円とする計画となっている。
 2013年2月には、髙島屋オンラインストアとSELECT SQUAREに併存していた衣料関係のコンテンツを後者に集約するかたちで運用を効率化。両サイトの掲載商品の拡充を進めているほか、新聞折り込みチラシや店頭ポスターなどを通じて両サイトの利用を促進していく。また今秋には、新しい顧客データベースを稼働させ、両サイトのIDやパスワードを共通化すると同時に、ハウスカード会員が両サイトを利用する際の登録手続きを簡素化し、利便性の向上を図ることにしている。
 同社のオムニチャネル戦略では、リアル店舗の顧客を対象とするECサイトの利用促進とECサイトの顧客のリアル店舗への来店促進という大きな2つの流れを想定しているが、前者のECサイトの利用促進だけでも大きな売上効果が期待される。2013年2月期の百貨店事業の売上高、約7,700億円のうち、ハウスカード会員による売り上げが実に約半分を占めるが、このうちECサイトのチャネル構成比は1%に満たず、ECサイトに対する潜在的な需要が競合に流出していると考えられるからである。
 そこで、店頭の接客担当者にも、お客さまにECサイトの利用を促してもらい、その成果を評価する会計上の仕組みを近く整備する計画。店頭で接客を受けたお客さまが、その場では購入を決定できず、帰宅してからECサイトで商品を購入したような場合でも、接客担当者が一定の評価を得られるようにする。また、来店客にECサイトの利用をアピールする試行的なキャンペーンを旗艦店舗で実施する予定という。
 こうした同社のオムニチャネル戦略が、どのように顧客に受け入れられていくのか。クロスメディア事業部では、ECサイトなどを通じて、顧客に付加価値を感じてもらえるようなユーザー・エクスペリエンスを提供できるかが、成否を分かつ重要なポイントになっていくとみている。それは、ネット通販の分野では価格比較サイトの存在に象徴されるように体力勝負の価格競争が進み、定価販売を基本とする百貨店ビジネスと相容れない実態もあるからだ。価格競争と一線を画すためには、ECサイトの品ぞろえやコンテンツ、機能面の充実などによる、同社らしく差別化された上質なユーザー・エクスペリエンスの醸成が不可欠。同社のオムニチャネル戦略の真価が問われることになりそうだ。


月刊『アイ・エム・プレス』2013年9月号の記事