従業員4,000人が語り部「ストーリー」が育むコンテイナー・ストアの企業文化

コンテイナー・ストア社

商品は所詮は“空き箱”。だからこそ、そこに人が介入し、顧客を満足させるソリューションを売ることが大切との考えに基づき、随所にストーリー仕立ての学びの機会を設け、全スタッフに「コンテイナー・ストア流のサービス」を身に付けさせる。これが堅調な業績や、離職率の低さにも結び付いている。

問答を通して体得される「7つの基本原則」

 「入れ物」を基幹コンセプトに、棚や引き出しなどのいわゆる「収納用品」ばかりでなく、保存用の瓶や旅行カバンなども揃えたクリエイティブな商品構成で小売業の新境地を切り拓いた米・コンテイナー・ストア。1978年にテキサス州ダラスで産声を上げた同社は、10年後の1988年にヒューストンに旗艦店をオープンした。開店初日から他店舗の3倍を売り上げるという大盛況の最中に、創設者兼現CEOのキップ・ティンデル氏は新たな難題に頭を悩ませていた。
 旗艦店のオープンに当たり従業員を大幅に増員したのはよいとして、問題は、この新人たちに「コンテイナー・ストア流のサービス」をいかに伝授するかということだった。キップ・ティンデルの言葉を借りれば、「我々が売るモノは、所詮は“空き箱”」。店員がそこに介入し、顧客の悩みに即した解決策を提案できてはじめて唯一無二の体験が生まれる。
 そのためには、「コンテイナー・ストア流のサービス」のものさしとなる価値観を伝授する必要があった。キップ・ティンデル自身が心の拠りどころとしてきた哲学的名言や逸話を見直し、まとめたものが、コンテイナー・ストアの「7つの基本原則」である。

1.1人の卓越した人材は、3人の良い人材に等しい。
2.コミュニケーションはリーダーシップである。
3.仕入先の利益を考えることが商売の成功の秘訣。
4.最高の品揃え、サービス、そして価格。
5.備えなき者に直感は生まれない。
6.「砂漠で遭難した人」という販売哲学。
7.わくわく感の創造。

企業文化育成のツールは「ストーリー」

 まるで禅問答のような基本原則は、疑問をもって我が身に投影し、議論されてこそ意味をなす。だから、コンテイナー・ストアではすべての学びがストーリー仕立てだ。社内のボイスメール・システム「セレブレーション・メールボックス」も、ストーリー共有の手段のひとつだ。これを通して、従業員が自ら体験した、あるいは目撃した素晴らしいサービスを報告する。コンテイナー・ストアでは、随時、随所で、ストーリーを通して学びが起こる。店舗で毎日行われる従業員ミーティングもしかり。日々の売上目標、その他の業務報告だけではなく、従業員が気づきを共有する。
 5番目の基本原則「備えなき者に直感は生まれない」にあるように、常に価値観に基づき考える頭の訓練をしていなければ、それを行動に反映することは不可能だ。それゆえに、コンテイナー・ストアでは、日々のあらゆる場面に学びの機会を設け、「備え」を万全にしているのだ。講義、討議、観察、実践、洞察などの要素を組み合わせたコンテイナー・ストア流の社員教育は、質もさることながら、量的にもとび抜けている。新入社員が初年度に受けるトレーニングの履修時間は合計なんと263時間。これは、米国の小売業界平均である8時間の32倍に当たるという。
 各店舗には専任トレーナーが常勤し、顧客対応を実践してみせる。それは単なる接客ではなく、オーディエンスを意識したパフォーマンスであり、店員のトレーニングの機会も兼ねている。実演販売兼トレーニングを演じるトレーナーの周りに、顧客と店員の輪ができることも珍しくない。まさに、7番目の基本原則「わくわく感の創造」の具現化である。

「砂漠で遭難した人」という販売哲学

 「砂漠で遭難した人」に遭遇したらあなたならどうするだろうか? 「喉の渇きを癒すための水をあげる」というのが最も簡単な答えだろう。しかし、それだけでは、その状況下における必要最小限をクリアすることはできても、その人が「ほんとうに望むこと」を満たすことにはならない。明言された要求やニーズを超えて、「砂漠で遭難した人を喜ばせること」について想像を巡らせると、「空腹を満たすおいしい食事」や、「心配しているであろう家族に電話で無事を知らせること」や、「今晩休むことのできる宿」などさまざまな可能性が浮かんでくる。
 店舗での顧客サービスを考える上での価値観を醸成するための訓練に、コンテイナー・ストアでは、この「砂漠で遭難した人」の例えを用いている。店舗で行われる従業員ミーティングでも、「砂漠で遭難した人を感激させるサービスとは」というディスカッションが毎日のように交わされている。
 所詮は“空き箱”を売るビジネスだからこそ、コンテイナー・ストアでは、「モノ」そのものではなく、「ソリューション(解決策)」を売ることにこだわる。「モノ」は顧客の悩みを解決するための道具、あるいは部品にすぎない。靴の収納場所に困っている顧客には、必ずしもシューズラックを売るのではない。顧客のスペース事情によっては靴がちょうど入るサイズのクリアボックスを買い、ベッドの下に積み重ねて収納できるようにするなど、工夫を凝らした提案をすることも要求されるのだ。

1人の卓越した人材は、3人の良い人材に等しい

 「従業員第一主義」を掲げ、「満足度の高い従業員は、満足度の高い顧客を創造する」を提唱するコンテイナー・ストア。1年間で店員が総入れ替えになることも珍しくない米国の小売業界において、従業員の離職率はわずか10%という驚異的な低さである。その第一歩は、会社の価値観を共有できる「卓越した人材」を雇うことから始まる。卓越した人材は、1人で3人分の働きをする。だから、長い時間と手間をかけても最適な人材を厳選する価値があると信じているのだ。
 コンテイナー・ストアの門戸をたたく就職希望者の数は年間で4万人。そのうち採用されるのはわずか3%という狭き門である。採用が決まるまで、少なくとも3回、多いケースでは9回の面接があり、それには課題発表を伴うグループ面接も含まれている。最近の課題は、「コンテイナー・ストアのWebカタログから好きな商品をひとつ選び、その写真を面接に持参して商品説明を行う」というもの。店舗での接客の際に、「砂漠で遭難した人」に対する価値創造や「わくわく感の創造」を実践できるか、その資質を判断するためのものだ。
 そして、コンテイナー・ストアも、ザッポス、サウスウエスト航空など、コア・バリュー経営で成功している企業の類にもれず活発な従業員紹介制度を運営しており、採用される人材の約3分の1が現従業員の紹介である。面白いことに、コンテイナー・ストアでは、全社員が人材スカウト用の名刺を持っている。家族や友人、知人を紹介するだけでなく、コンテイナー・ストアのファンである常連客をスカウトする際にこの名刺を渡すという。
 創設35年目にして54店舗という同社の「緩慢な成長」を批判する者もいるが、創設以来26%というCAGR(複合年間成長率)は侮れない。海外進出や新事業開拓など、短期の数値だけを追った無闇な拡大戦略がスポットを浴びてきた米国のビジネス界で、堅実かつ誠実に「コア(中核)」を守り続けてきたコンテイナー・ストアの経営には大いに学ぶべきものがある。

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取材・執筆 ダイナ・サーチ、インク 石塚しのぶ氏

月刊『アイ・エム・プレス』2012年9月号の記事