下町の商店としてのあり方を企業文化に昇華

久米繊維工業(株)

Tシャツ専門メーカーの久米繊維工業(株)では、昔ながらの下町の商店としてのあり方を、「経営の基本方針」として明文化することなどにより、企業文化として定着。また、従業員への積極的な権限委譲なども行うことで、ソーシャルメディア時代にあるべき中小企業のあり方を模索している。

昔ながらの下町の商店としてのあり方を「経営の基本方針」として明文化

 東京都墨田区で1935年に創業し、1950年代半ば、まだ日本で“Tシャツ”という呼び名さえ広く知られていなかった時代に、「色丸首」と名付けた国産アウターTシャツを開発して、日本のカジュアル・ファッション文化において大きな役割を果たした久米繊維工業(株)。Tシャツ専門メーカーとして、製造・卸売のほか、ユニフォーム・ノベルティなどの用途の法人直接販売、インターネットを通じた個人への小売なども手掛ける。近年は、全国の日本酒蔵元との連携により、地酒ラベルをデザインしたTシャツを開発し、地酒の普及を目的としたイベント会場で販売。また、完全受注生産で購入1枚につき500円が被災地支援を行う公益社団法人Civic Forceに活動資金として寄付される「Inori」復興Tシャツの製造・販売を行うなど、単なるTシャツメーカーの枠を超えた活動を続けている。
 同社の企業文化の根底にあるのは、日本の、そして下町の“商店”としてのDNAだ。そもそも、昔ながらの日本の商店は、「商売をさせていただいている」という認識のもと、利害集団とのかかわりを踏まえたビジネスを展開してきた。日本の商人のルーツのひとつとなった近江商人が唱えた「売り手よし、買い手よし、世間よし」を意味する“三方よし”という概念が商人の心得として言い伝えられていることなどはその良い例と言えるだろう。その中でも同社が本社を構える東京都墨田区という土地柄は、いわゆる下町として特に義理や人情が重んじられており、助け合いの文化が定着している。その中で同社も、祭りなど地域のイベントやボランティア活動などに積極的に協力し、現代風に表現すれば地域コミュニティの中核的な存在として機能。また、当然のことながら、事業活動においても単に自社の利益を追求するだけではなく、地域、さらには社会への貢献が意識されていた。そして、このような考え方や行動原則は、従来、これも日本人特有の美徳である「あ・うん」の呼吸の中で、いわば暗黙の了解として同社の中に行き渡っていた。しかし、日本においても欧米型の文化が普及し、個人主義的な考え方が横行するようになった昨今では、例えば新入社員にまでこのような暗黙の了解を行き渡らせることは難しくなっている。
 このような状況の変化の中、同社では2006年、創業70周年を機に、その後の10年を睨んで、30 ~ 40代の若い経営陣のもと、第二創業プロジェクトを立ち上げた。このプロジェクトが目指したのは、①社員が経営に参加できる開かれた先進企業、②日本発・日本的美意識・日本品質の世界ブランド創出、そして、③ネットワークで内外のパートナーと連携する新しいオープン経営。同社はこの時、同時に、従来からの企業文化を形成する内容を「経営の基本方針」として明文化し、内外に発信することとした。

従業員の“道標”として機能する「経営理念」と「7つの行動指針」

 同社の「経営の基本方針」は、「経営理念」「夢と志に」「7つの行動指針」「久米繊維の人財像」「スローガン」という5つの項目で構成されている。この中で基本となっているのは、当然のことながら「経営理念」である。
 その内容は「私たち久米繊維はデザインから販売まで一貫して行うTシャツ独創企業として誰にも負けない創意工夫を続け、世界一の環境品質・文化品質を誇る商品とサービスを提供します。お客様・取引先・社員それぞれの物心両面の豊かさを追求して満足度を高め、社会に奉仕します」というもの。いわば、同社の企業としてのあり方を示したものと言えるだろう。そして、この「経営理念」を達成するための従業員の行動のあり方を示しているのが、以下に紹介する「7つの行動指針」だ。

「7つの行動指針」

(1)お日さまのような笑顔と元気な声で、美しくあいさつする。
(2)お客様と同じ気持ちで考え、経営者と同じ気持ちで行動する。
(3)一流の商品にふさわしい、一流の言動を心がける。
(4)現状に満足しない。 健全な危機意識と向上心を持つ。
(5)前向きな失敗を恐れない。恥じない。隠さない。
(6)良いこと悪いことに気づいたら、すぐ報告・共有・改革する。
(7)人として恥ずかしいことをしない。 子孫に誇れることをする。

 「経営理念」や「7つの行動指針」は、企業やその従業員としてのあり方を示すものであるが、具体的な行動を規定する“マニュアル”とは異なる。その目指すところは、従業員それぞれがこれらの内容をベースに自らの具体的な行動のあり方を考えるよう促すことであり、いわば“道標”のような存在だと言える。
 なお、同社では「経営理念」や「7つの行動指針」を、単なるお題目ではなく、日々の具体的な活動の礎とすることを目指し、毎週の朝礼の場で唱和することなどで、全従業員への浸透を図っている。

「責任」と「自立・自律」をベースに権限委譲を推進

 同社の企業文化を語る上で、もうひとつ欠かせない要素が“権限委譲”のあり方である。
 製造部門のパートタイマーを含んでも100名規模、製造部門を除く本社機能では10名規模の“中小企業”である同社では、従来は経営者のみが意思決定を行い、従業員はそれに従うという“個人商店”的な経営が行われてきた。しかし、そのような経営のあり方では発展性が限定され、また、ソーシャル化が進む現代社会では、古色蒼然とした存在になってしまうことも危惧される。
 そこで“第二創業期”以降、同社では積極的に従業員への権限委譲を進めている。その基本的な内容は、「責任」と「自立・自律」の徹底だ。
 「責任」については、個人ベースでの予算実績管理を導入。いわば従業員一人ひとりが“個人事業主”に近い存在となることを目指している。ただし、現状ではその成果を報酬にリンクさせることは基本的に行っておらず、自らがビジネスを企画し、その成果を確かめていくことの面白さに気づいてもらうことが主眼となっている。
 一方、「自立・自律」については、個々の従業員がソーシャルメディア上にアカウントを持ち、それを自分の“城”として情報発信や外部とのコミュニケーションを図ることを推奨している。そして、その内容については全面的に各従業員に任せており、基本的に経営者が干渉することはない。
 その結果、例えば同社の中で“エコロジー&人道支援Tシャツプロデューサー”として活躍する竹内裕氏のTwitterは1,900人以上、“日本酒Tシャツプロデューサー”として活動する村上典弘氏のTwitterは1,500人近いフォロワーを獲得。そして、これらを舞台に行われた情報交流は、例えば、2012年9月に墨田区のすみだリバーサイドホールで開催される「すみだ日本の技と酒めぐり」など、社内外を巻き込んだプロジェクトとして結実している。
 このような取り組みは、ソーシャル時代における中小企業のあり方として大いに注目すべきものであると言えるだろう。

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上から、復興支援Tシャツ「Inori」、日本酒をモチーフにしたTシャツのラインナップと、「peace on earth」イベントでお披露目した「3.11 復興支援T シャツ」


月刊『アイ・エム・プレス』2012年9月号の記事