外部資格を取得したスペシャリストが高い接客レベルを実現

(株)東急百貨店

(株)東急百貨店では、2007年6月から「スペシャリスト制度」を運用。店頭スタッフの接客レベル向上につながる外部機関認定資格の取得をサポートするとともに、各種スペシャリストの存在を顧客に積極的にアピールすることで、同社店頭スタッフの接客力の高さを訴求。ファンの固定化につなげている。

“百貨店らしさ”を実現する人材育成施策の一環として「スペシャリスト制度」を運用

 本店、東横店をはじめとして、首都圏を中心に百貨店、専門店ビルなどを展開する(株)東急百貨店。1662年8月に江戸・日本橋で呉服店として創業した「白木屋」をルーツとして、1919年3月に「(株)白木屋呉服店」として設立されて以来の歴史を有する同社だが、2012年4月26日には、東京・渋谷駅前東口の東急文化会館跡地に新規オープンする複合施設「渋谷ヒカリエ」内に、「新・渋谷、はじまる。SPARKMENTSTORE」をコンセプトに大人の女性のための新しいショッピングを提案する新店舗「ShinQs」(シンクス)をオープンするなど、常に新たなチャレンジを続けている。
 同社では店頭スタッフの接客レベル向上を目指す試みのひとつとして、2007年6月から「スペシャリスト制度」を運用している。
 従来、百貨店は流通業界において中心的な地位を確立しており、そのステータス性やネームバリューの高さなどから安定した売り上げを誇ってきた。しかし、昨今ではショッピングセンターやアウトレットモール、さらにはインターネット通信販売など、さまざまな小売業態が台頭し、競合が激化していることに加え、長引く経済停滞の中で百貨店の持つ「高級=高価格」というイメージが生活者に敬遠されたことなどによって売り上げは減少傾向にある。日本百貨店協会が毎年発表している全国百貨店売上高でも、2011年の売上高は前年比2%減の6兆1,525億円と、15年連続で前年実績を下回り、ピークであった1991年の9兆7,130億円の3分の2以下の水準にまで落ち込むといった状況となっている。
 その中で百貨店が生き残っていくためには、“百貨店らしい”レベルの高い接客を通じてファンの固定化を図ることが必須であり、その実現のためには店頭スタッフのレベルアップが不可欠である。同社の「スペシャリスト制度」は、このような認識から推進している人材育成施策の一環として運用されているものであり、さらに同制度によって育成された各種スペシャリストについて、店頭やWebサイトなどでその存在を顧客に積極的にアピールすることで、同社店頭スタッフの接客力の高さを訴求する効果も狙っている。

全社的なサポートにより資格取得者を拡大

 「スペシャリスト制度」の基本的な内容は、店頭スタッフを対象に、接客レベルの向上につながる専門知識やスキル・ノウハウの習得に役立つと思われる外部機関が認定する各種資格について、業務時間内での講習会への参加、取得・更新費用の負担などによって、その取得をサポートするというもの。
 対象となる資格は日本百貨店協会が認定する「プロセールス資格」(フィッティングアドバイザーレディス/同メンズ/ギフトアドバイザー、各1~3級)のほか、日本フォーマル協会認定の「フォーマルスペシャリスト」、(一社)足と靴と健康協議会認定の「シューフィッター」、日本睡眠科学研究所認定の「スリープアドバイザー」、(社)日本ソムリエ協会認定の「ワインアドバイザー/ソムリエ」、さらには厚生労働大臣が指定する講習会受講者に与えられる「福祉用具専門相談員」など、幅広い商品分野を取り扱う百貨店ならではの多彩なものとなっており、その種類は約30に及んでいる。
 同制度においては一定の権威・定評があり、実際に接客レベルの向上につながると認められる資格を対象としていることから、その多くは取得に相当の経験や努力が必要なものとなっている。同社で最も取得者が多い「プロセールス資格」を例にとると、第1段階の3級こそ、通信講座のテキストに基づき5カ月間学習し、3種類のマークシートテストを提出して、平均点70点以上を獲得すると修了となり、認定証が付与されるというかたちであるものの、2級では通学講座への参加と年2回実施の筆記試験、ロールプレイングによる審査、1級では年1回実施の筆記試験、ロールプレイングおよび資格取得への意欲などを示すエントリーシートによる審査を経なければ取得できない。合格率は全国平均(2011年)で2級では約60%、1級では20%以下という狭き門となっている。
 同社ではこのような資格の取得に対して、各売り場のマネージャーなどが意欲のある人材を選抜。前述の通り、業務時間内での講習会への参加、取得・更新費用の負担などを行うほか、社内で対策セミナーや実際の売り場での既資格取得者からのレクチャーなど、さまざまなサポートを行うことで合格率を高めており、2011年では2級が分野により80%前後、1級が50%と、全国平均を上回る合格者を輩出している。
 なお、不合格者の再受験については、取得費用が自己負担となるなど、スタッフ自身に高いモチベーションが求められる。しかしながら、有資格者の増加によって、資格取得が顧客の潜在的なニーズまで汲み取るレベルの高い接客を実現し、やりがいや充足感の向上にもつながるという認識が社内に定着しつつあることから、多くのスタッフが積極的に資格取得に取り組んでおり、同社の店頭スタッフ約2,000名のうち、半数の1,000名前後が延べ1,500もの資格を取得するほどとなっている。さらに、現状では同制度の対象となっていない日本パーソナルカラー協会の「色彩技能パーソナルカラー検定」など、業務に役立つと思われる資格をすべて自己負担で取得するスタッフもおり、スタッフの資格取得を通じた接客レベル向上に対するモチベーションはますます高まりつつある。

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東急本店には、フォーマルスペシャリスト ゴールドライセンスとフィッティングアドバイザー1級の資格を持つコンシェルジュも。ほかの資格を持つスペシャリストとも連携して、お客さまの要望にきめ細かく応える

資格取得者の接客レベル向上意欲がさらに向上

 資格取得が接客レベルの向上に及ぼす効果は大きい。
 同社には、「ゲストソリューションズ」という、お客さまの期待を越えた「本当のご要望」に応えるコンサルティング型のサービスがある。そこでコンシェルジュを務める女性スタッフを例にとると、日本フォーマル協会認定の「フォーマルスペシャリスト」のゴールドライセンスを取得したことにより、多くのお客さまから寄せられる冠婚葬祭関連の相談に対して、確固たる根拠に基づき、的確な回答・提案ができるようになった。その後、相談を承ったお客さまが固定ファン化するケースが増えるなど、顧客満足度が目に見えて向上。その成果により、さらに“フォーマル”に対する興味・関心が高まり、近隣のホテルで実際の結婚式来場者をウオッチングして年代別の傾向などを確認し、基本を踏まえた上で最新トレンドを取り込んだ提案を行うなど、より高いレベルの接客を目指す意欲がますます向上するという好循環を生んでいる。
 今後の課題としては、対象とする資格の種類がなかなか広がらないことが挙げられている。特に同社が強化していきたいと考えている売り場について、関連する公的団体などがなく、権威・定評のある資格が存在しないといったケースもあり、すぐに解決することは難しいが、業界動向などを常に把握し、新たな資格が登場した際にタイムリーに検討できる体制を整えていく考えである。


月刊『アイ・エム・プレス』2012年5月号の記事