ECサイトの最適化と紙DMの効率的な活用でビジネスを推進

丹波篠山いのうえ黒豆農園(株)井上商店

地元産黒大豆を商材として、500人の顧客を相手に月商1万円からスタートした通販サイトの「丹波篠山いのうえ黒豆農園」。費用対効果を重視し、新規顧客獲得はWebサイトのみで実施、優良顧客には紙DMを発送するなどメリハリの効いた取り組みで、10年後には黒豆単品の通販で8万人の顧客を獲得。年商2億円を上げるまでに成長を遂げた。

月商1万円からのスタート

 1987年、兵庫県篠山市(丹波篠山)で創業した(株)井上商店。地元産黒大豆(黒豆)の卸売業を続けるかたわら、1998年からは通販事業に着手、さらに翌年からは、とことん黒豆にこだわったインターネット通販サイト「丹波篠山いのうえ黒豆農園」を運営している。サイトオープンから10年、8万人の顧客を獲得しネット通販を中心に年商約2億円を売り上げている。
 同社が通販事業に乗り出すきっかけとなったのは、直接電話をかけてくるお客さまの声(VOC)だった。商品の卸し先である、地元のおみやげ店などで黒豆を購入した全国のお客さまから、再購入を希望する入電が多くなったことから、丹波篠山ブランドの特産品として需要が見込めるものと確信し、通販事業に乗り出した。
 通販参入に当たって最初に行ったのは、当時の顧客リスト500人に紙DMを発送すること。おみやげ品などとして購入した黒豆が気に入り、電話で注文してきた実績のある顧客のリストだけにそのレスポンス率は50%を超えたが、卸し売りの利益には遠く及ばなかった。これは主力商品の黒豆製品が、いわゆる補助食品的な位置付けのため単価が低く、紙DMの制作と発送に掛かる経費を考えると、500名ほどの顧客リストでは無理があったため。現在の大手通販会社では、数百万件の顧客リストを持って事業を展開しており、初めから無理のある計画だったとも言えるが、まさに手探りで第一歩を踏み出したのである。
 同社3代目として通販事業を取り仕切っていた井上敬介氏が、単価の低い商品を低コストで販売するのに最も適しているのではないかと目を付けたのが、そのころ一般の生活者にも徐々に浸透し始めていたECショップであった。とにかくコストを掛けないことが条件だったので、Webサイトはフリーのソフトを使ってすべて自作。1999年11月にようやくオープンにこぎ着けたものの、初月の売り上げは1万円、という前途多難な舟出であった。

健康ブームの波に乗り急成長を遂げる

 サイト立ち上げの2カ月後からは、さすがにオープン当初に記録した月商1万円ということはなくなったが、それでも初年度の売り上げは50万円に届かなかった。その後、SEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)対策など地道な努力を重ねていた同社に大きな転機をもたらしたのは、健康ブームとその周りに群がるマスメディアの力であった。
 黒豆周辺の健康ブームは2002年ごろから徐々に盛り上がりを見せ、ズバリ“健康”をメインテーマに据えた雑誌が相次いで創刊された。そして、それまで補助食品的な扱いしか受けてこなかった黒豆が、年に数回は取り上げられるようになるに伴い、同社ECショップも賑わいを見せ始めた。最高の盛り上がりを見せたのは2004年、健康に的を絞って高視聴率をたたき出していたテレビ番組「発掘! あるある大辞典」が黒豆をメインに取り上げたときのことだった。
 一方、丹波篠山地方の農業従事者の年齢は非常に高く、また耕作地そのものにも限りがあるため、人気が出たからといって大量生産できるものではない。そのため、当時はテレビ放送直後に購入を申し込まれても4カ月待ちという有様であった。その間、丹波産の種をほかの地域で栽培した、“丹波種の黒豆”も市場に登場するなど混乱をきたし、一時期の喧騒は徐々に沈静化していった。

ブロードバンドの普及と顧客層の違いを見据えた取り組み

 一陣の嵐のような黒豆ブームは去ったが、その置き土産として膨大な量の顧客リストが残った。ただしその内容は、通販スタート当初の“500人”とは大きく異なる。「食べてみたら本当においしかったから、また買いたい」と、「今流行っているらしいから買ってみよう」では、リピート率の観点からみると雲泥の差がある。同社ではこのことをよく踏まえ、新規顧客と見込度が低い既存顧客にはECショップを、優良顧客には紙DMを中心に据えた、2段構えの取り組みを行うこととした。
 ECショップは、同社における新規顧客獲得の唯一の窓口であるが、やはり獲得するなら少しでも見込度の高い顧客を獲得したいもの。そこで、同社が特に力を入れているのがSEOであり、実際に検索サイトで「黒豆」と入力すると、常に最上位近くに位置している。黒豆はECショップ全体の中で見てみると、決して人気の高い商材ではないので、バナー広告などを貼ってもあまり意味はない。わざわざ「黒豆」と打ち込んで、買ってみたい、調べてみたいと思っている人が見込度の高い顧客予備軍であるとの考えから、「黒豆」をキーワードとしたSEO一本で勝負しているのだ。
 そのほか、ブロードバンドの普及に伴い、Webサイトの作りそのものを変えた。従来は、サイト滞在時間を延ばすため、黒豆に関する“読み物”を主力コンテンツとしてきたが、現在はビジュアルを前面に押し出したものに変更。また、一口に黒豆への興味といっても人それぞれなので、トップページを見た瞬間に、数多くの商品と黒豆に関する情報が詰まっていることを感じさせ、サイトをブックマークして、何度でも訪問してもらえるよう心掛けている。これらの施策により転換率は1~2%、客単価は6,000円を維持しているとのことだ。
 一方、同社が優良顧客向けの施策として実施しているのが紙DMだ。紙DMは黒豆の収穫期であり、お歳暮の時期にも当たる12月に発送。毎回15%ぐらいの新商品を盛り込んだカタログと申込書にあいさつ状を同封して発送している。また、年間5万円以上購入した顧客と1回当たりの購入額が高い顧客に、最終購入日から3カ月後に紙DMを発送している。ただし、年間5万円以上買っていても、1回当たりの購入額が低い顧客には発送しない。カタログ送付先をこのように絞り込むのは、キャンペーンの投資対効果を極限まで高めるためであり、レスポンス率は最高で10%、平均で4~6%、客単価は8,000円である。
 また、同社の優良顧客は高齢者が圧倒的多数を占めているため、同じカタログであっても3カ月に1回は送り、忘れられることを防止するとともに、手元の品が無くなる前の追加購入を促している。
 同社の取り組みで特筆すべきことは、インターネットを利用するECショップでありながら、アナログメディアを駆使していること。前述の紙DMに加え、商品到着の確認も、優良顧客に対しては電話で行っているという。内容は「無事に届きましたか?」と聞くだけのものだが、高齢の女性が多い同社の優良顧客にはすこぶる好評である。また、電話をかけるのが専門のオペレータではなく、日ごろ畑や倉庫などで黒豆と直に接している女性従業員というのも面白い。どんなに訓練を受けたオペレータよりも黒豆に詳しい彼女たちは、もし顧客が不満を持っていたとしても、その場で問題点を認識し、解決策を提示することができるのだ。
 同社では、丹波篠山の黒豆を世界に通用するブランドにするために、これからも黒豆に対する熱い心を持ってビジネスを推進していく意向である。

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一見しただけで黒豆の商品と情報が満載だとわかる「丹波篠山いのうえ黒豆農園」のWebサイト


月刊『アイ・エム・プレス』2009年12月号の記事