過去の苦い経験を乗り越えて名実ともに顧客志向の経営を実践

(株)再春館製薬所

(株)再春館製薬所は、今を去る14年前、アウトバウンドにより顧客のクレームを誘発。これを機に販売システムを改革し、 顧客志向の企業へと生まれ変わった。この5月にはWebサイトへの不正アクセスに見舞われたが、過去の経験を活かした迅速な対応と、セキュリティにかかわる体制や従業員意識の見直しにより、新たな飛躍に向けた体制を固めつつある。

本社の中心にコールセンターを配置 社内各部門との有機的な連携を推進

 年齢肌専用基礎化粧品「ドモホルンリンクル」を自社工場で製造し、通信販売によりエンドユーザーに直販する(株)再春館製薬所。同社の通信販売システムは、まずはダイレクト・レスポンス広告により「無料お試しセット」を訴求し、商品を試用して満足した顧客から注文を獲得するというもの。同社にとって「無料お試しセット」は、企業や商品を理解していただくためのツールであり、これに納得していただくことで、はじめて商いが成立すると考えているのだ。
 同社の事業の中核をなすのが、顧客との最前線で営業活動を行うコールセンターだ。社内ではこれを“TM現場”と呼ぶ。本社機能のすべてが集約された間仕切りのない巨大なワンフロアの中心に、約500席のコミュニケータ座席が広がる様はまさに圧巻。同社のコールセンターはその外観通り、モノ作りからお届けに至るまでを担う社内のさまざまな部門と有機的に融合、“顧客にとっての価値を創造するエンジン”として機能しているのだ。
 今では顧客志向を地道に実践する同社だが、その歴史の中では、“顧客の不満足を買う”という苦い経験も踏んでいる。今を去る14年前の1993年6月。折りしも、過去最大の月間売上高を記録したその時に、“強引な電話セールス”を理由に、顧客から大量のクレームと返品が寄せられたのだ。これを機に同社では、「TM(テレマーケティング)改革」を実践。それまでの売上至上主義から脱却して、“お客様に理解し、満足していただくことこそが社員の仕事であり、その結果が売り上げに帰結する”との考えのもと、今日の顧客志向経営に向けて大きく舵を取ることになった。

「TM改革」により顧客中心の販売システムを構築

 1993年当時、同社では「お試しセット」の請求後、よりタイムリーに購入につなげようと、見込客にアウトバウンド・テレマーケティングを展開。コミュニケータの給与にも成功報酬を導入することで、売上高を伸ばしつつあった。そうした中、増加する一方の発信業務を効率化するべく、オートコールシステム(自動発信装置)の導入に踏み切ったが、機械が次々と電話を掛けていく中、成功報酬に動機付けられたコミュニケータが少しでも成績を上げようと強引なセールスを展開。これが顧客の不満足を買ったのだ。
 そこで同社では、20数万人の顧客にお詫びと決意表明の手紙を出すと同時に、3カ月間にわたりアウトバウンドを停止。販売システムの見直しと、コミュニケータの意識改革に取り組んだ。まず、販売システムについては、電話の発信頻度をそれまでの35日に1回から90日に1回に削減することで、売上高の7~8割を占めていたアウトバウンドを5割にまで縮小。これに代わってインバウンドを強化する方針を打ち出した。また、コミュニケータの意識改革については、当時の西川通子社長が自ら陣頭指揮を執って、“お客様になりきる”ことの重要性を説いて回った。
 この「TM改革」に伴い、前年の1992年度には115億4,000万円に達していた売上高が100億円に減少することになったが、2年後の1995年度には1992年度を上回る実績をクリア。その後も順調に成長を続け、2007年3月期には260億円の売上高を達成、その9割をインバウンドにより獲得している。これは「TM改革」を通して培われた資産が、それから14年を経た今もなお、同社に息付いている証と言えよう。

再春館

間仕切りのない巨大な本社オフィスの中心には400席のコミュニケータ座席が広がる

お客様との接点を拡充し“生の声”を商品やサービスの改善に反映

 同社では、「TM改革」と同時に、2つの取り組みを開始している。ひとつは、お客様向け季刊誌の発行。これはアウトバウンドの縮小に伴うコンタクト頻度の減少を危惧して創刊されたもので、企業理念を紹介する「つむぎ」、季節に応じた肌のお手入れ方法をアドバイスする「肌つむぎ」、お客様からの声を掲載した「つむぎ広場」の3種類。その後、2004年8月からは「つむぎの村」の名称で、お客様同士の交流を促進するコミュニティサイトも運営している。
 2つ目は、お客様満足室の開設。これは言ってみれば今はやりの “VOC (Voice of Customer)” を先取りした取り組み。コールセンターに寄せられるお客様の“生の声”は、各コミュニケータにより 「しおり」 と呼ばれる用紙に記載されるのだが、これを商品やサービスの改善につなげているのだ。ちなみに、蓄積されるしおりの数は8,000件/日で、このうちお客様満足室に集約されるのは、何らかの対応が求められる400~500件/日。お客様満足室では、各担当部署とともに商品・サービスの改善に取り組む傍ら、週1回の経営会議への商品クレームの報告や隔週での全社員へのリポート配信を通して、社内における情報共有を図っている。
 なお同社には、「10分以内のお詫びルール」という取り決めがある。これはお客様からのクレームを受けたコミュニケータは10分以内に上司に報告、上司は10分以内にお客様にお詫びの電話を掛けなければならないというもので、クレームに迅速に対応すると同時に、コミュニケータ個人ではなく会社としてクレームを受け止める姿勢を明確にするのが狙い。つまり同社においては、営業活動のみならずクレームへの対応もコールセンターが担っており、お客様満足室の使命は、あくまでもお客様の声を商品・サービスの改善に活かすことに向けられていると言えるだろう。

不正アクセス事件を機に従業員のセキュリティ意識を向上

 この5月、同社のWebサイトに、外部から不正アクセスがあった。不正アクセスが発覚したのは、5月1日の10時。前日から同社のサンプル請求専用サイトへの不正アクセスが繰り返されており、約14万件の顧客情報が閲覧された形跡が見られた。そこで同社では、同日に西川正明社長を委員長に「緊急対策委員会」を発足する一方、当該サイトとオフィシャルサイトを休止。翌5月2日には、全社員に状況を周知してお客様からの問い合わせに備えると同時に、Webサイトにリリースを掲載。5月3日以降、お客様を対象にお詫びと状況報告を行う一方、報道発表を行った。
 この時の対応の基本方針は、①今回発生した内容をありのままにお伝えする、②二次被害の防止策を講じる、③再発防止策を検討する、の3つ。①は前述の「TM改革」を通して学んだというが、加えて、直接的に被害を被ったお客様だけでなく、より多くのお客様にお詫びと状況報告を行うというのも過去の経験の中で学んできたことだ。具体的には、5月3日に閲覧された可能性のあるお客様全員にeメールを配信したのを手始めに、5月8日までの6日間に20パターンに及ぶeメールを配信。さらに、ネット登録をしていないお客様も含め、都合67万人に社長名での手紙を送った。
 その後、6月6日にはWebサイトを一部再開、7月23日にはすべてのサイトを再開。これまでのところ二次被害も報告されていないが、今回の事件が同社の売上高に与える影響は免れないだろう。しかも、これまでのところ犯人は不明(捜査は継続中)とのことで、なんとも間尺に合わない事態だが、同社ではこれを機に、Webサイトのセキュリティを強化すると同時に、従業員のセキュリティ意識の向上に注力している。
 過去の苦い経験を乗り越えてきた同社は、今回の事件を再び乗り越え、社内の資産へと昇華させつつあるようだ。


月刊『アイ・エム・プレス』2007年12月号の記事