製造小売業としての強みを活かし直営店で顧客に最適な商品を提供

(株)アシックス

新しいシューズを買って、張り切ってウォーキングへ出発したら、途中で足が痛くなって引き返した。こんな経験をお持ちの方は、意外と多いのではないだろうか。しかし、歩人館でシューズを購入すれば、そんな悲惨な目にあうことはない。足の形状を機械で計測し、さらに専門の知識をもったシューフィッターが商品を選んでくれるからだ。

足の計測サービスで急速に成長

 (株)アシックスのグループ会社である(株)アシックススポーツビーイングが運営する「歩人館」は、1987年、神戸市東灘区に1号店がオープン。出店の目的はアシックスの技術開発シーズをトップアスリートのためだけにとどめず、一般的な商材へ転用し、付加価値を維持しつつ販売することにあった。
 アシックススポーツビーイングは、アシックスのオリジナルブランドを販売・浸透させる直営店舗を運営する企業で、スポーツスタイル事業、アウトレット事業、通販・IT事業、健康快適事業、アスレチック・スポーツ事業という5つのビジネスを展開している。どれもが顧客とダイレクトに接点を持つという特徴が共通点だ。その中で急成長を遂げる“歩人館”は現在、42店舗を全国展開している。FC4店舗を除く38店舗で2006年度26億円を売り上げ、その成長率も高い。中でも銀座店は対前年200%という驚異的な数字を上げている。リピート顧客が多く、2万円以上するシューズを1回の来店で2足購入するケースも珍しくないという。
 これほど人気が高いのは、もちろん歩人館が魅力的な店舗だから。シューフィッターによる足の計測サービスを基に、全国どの店でも、サイズ、足幅、色、好みで男女合計約300種類の商品の中から選択できる。さらに注目したいのが、フィット感を補正するために独自開発した靴の中敷を使用していること。
 顧客にも数値が可視化された計測サービス、選択の幅が広い豊富な品揃え、シューフィッターとしての厳格な教育を受けたスタッフによる接客サービス、フィット感をアップするための独自技術による中敷の4つが融合することにより、高い顧客満足を獲得できていることが、この驚異的な急成長の理由と言えるだろう。

専門的なスキルと知識を身に付けハイレベルな接客サービスを実現

 現在、計測にはレーザー3D測定器を使用しているので、迅速で正確な計測を行える。機械で足の形状に関する正確な数値を計測できるのなら、たいしたスキルは必要ないのではと思われるかもしれない。しかし、それは大きな間違いだ。その数値を十分に咀嚼し、何百点もある商品の中から、顧客の好みを踏まえた上で、最高の履き心地のシューズを選び出す。これはクオリティの高い研修を受けて、十分なスキルを身に付けなければできないことなのだ。
 歩人館における新規顧客のリピートオーダー率は、40.4%(06年3月1日~07年2月28日)と目を見張るものがある。それはシューフィッターとしての高度なスキルに裏打ちされた、スタッフの優れた接客サービスにより実現されたものと言えるだろう。そして、それを支えているのが充実した研修制度だ。ブロンズ、シルバー、ゴールドという資格制度を設けることにより、スタッフのモチベーション向上を図っている。まずブロンズだが、基本的には半年程度現場で経験を積むことで受験資格が得られ、筆記と実技試験を受けて合格すると取得することができる。また、シルバーとゴールドはブロンズの取得後、2年以上勤務したスタッフが対象。やはり筆記と実技試験を受けて合格することが、資格取得の条件となっている。どのスタッフもシューズや足に関する基礎知識を熱心に身に付けようと努力する結果、最適な店頭接客オペレーションが実現しているのだ。
 さらに、高い満足を得た顧客が再来店した際、顧客の購買履歴を店頭で瞬時に検索でき、好みのデザインや足のサイズなどを元に、スタッフが的確な商品を選び出せる顧客管理システムも独自に開発した。

戦術展開に走らず製造小売業の本道を追求

 ところで、高級靴というと、今でも靴底まで革張りというイメージが一般的にはある。これに対し、ラバー底のシューズは、昔はズックなどと呼ばれ、付加価値の低いアイテムとしてとらえられていた。同社にとってはスポーツシューズがコアコンピタンスであり、ラバー底の柔らかさ、張り、厚み、形状、グリップなどに多くのノウハウを蓄積している。このため、その高度な技術を、一般的なカジュアルシューズに転用できないかを模索していた。その結果、同社が独自に開拓したのが、「ウォーキングカジュアルシューズ」というカテゴリーだった。歩人館は、ウォーキングカジュアルシューズの付加価値の高さに関する認知度を高めるための、前線基地と言える。このため、販売戦略も常に一歩先を見つめている。
 1号店が開店した1987年当初、顧客は50代以上のシニア世代が主体だった。しかし、レディスの拡張と、ドレスアップを意識したパンプスなどの増強により、今では40代の顧客も増加している。いわばターゲットの若返りが図れた状態だ。
 また、顧客とのコミュニケーションを図るメディアとしては、DM、折り込みチラシ、新聞広告を主体としており、ECを含むWebサイトの利用は現在のところ計画していない。
 シューズメーカーである同社が重視するのは、広告により呼び込んだ顧客に対し、いかに高い満足度を与えられるか。メーカーである以上は、優れた機能やデザインのシューズを開発することが、何よりも優先する。そして、高い専門知識を有するシューフィッターによる接客サービスにより付加価値を演出していると言っていいだろう。さらに、それらにより提供した“満足”により、リピーターを増やし、前回購入してもらったシューズについての感想を店頭で収集して情報として蓄積することが重要だ。
 歩人館を通して収集した顧客の「履き心地情報」「使用後状態情報」は、アシックススポーツ工学研究所に集約され、顧客管理統合情報システムにより管理・運用されている。合計50万人の計測登録データを保有(通販顧客やオニツカブランドは除外)し、購入履歴による超優良顧客は1万人前後に上る。そして同社では、それらのデータを、新たな商品開発に活かしている。このような地道なデータの蓄積なくして、現在のようなオーバーストア状態で勝ち残っていくことは不可能なのだ。
 歩人館への取材を通じて、マーケティング・テクニックが先行するのではなく、歩きやすさを追求した商品開発と、ぴったりとフィットしたシューズを顧客に購入してもらうことへのこだわりが、ひしひしと伝わってきた。商品の企画から製造、販売までの機能を垂直統合する、製造小売業の底力を、垣間見た気がする。

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歩人館には、レーザーを利用した3D計測器も導入されている。(写真左)/ホームページには歩人館のサービスが詳しく紹介されている(URL:http://www.hojinkan.co.jp/about/index.html)(写真右)


月刊『アイ・エム・プレス』2007年9月号の記事