「給与は顧客からいただく」 商人意識を持った販売員を育成

(株)ムラウチ

もともとしょうゆ店として操業開始した(株)ムラウチは、2000年春のCEO交代を機に、さまざまな社内改革に取り組んできた。人事評価もそのひとつであり、現在、管理職の給与は100%、成果主義による評価からはじき出されている。ECでも急成長を遂げる同社は、いかなる人材を求めているのか。

世界一の接客を目指し“商人宣言”

 1953年に電器店をオープンさせた(株)ムラウチでは、時代の流れに乗って1999年にオンラインショップmurauchi.co.jpを開設。当初、年間売上に対するECの貢献度は2.0%(3億円)だったが、2001年度は総売上164億円のうち32億円、19.5%を占めるまでに成長した。このECをスタートさせたのが、2000年4月に代表取締役社長兼CEOに就任した村内伸弘氏である。
 同社の店舗作りにおけるポリシーは明快だ。「世界一のサービスを通じて、お客様に喜んでいただく」。価格、品揃え、接客、アフターサービスと、内容はさまざまだが、顧客が今、求めているサービスを敏感に察知し、その期待に応えていくために、接客ポイントにおける人材育成は欠かせない。このため、販売員全員を商店主に見立てた「全員商人宣言」をスローガンに掲げることにした。
 なぜ、商人なのか。その理由について、村内氏は次のように説明する。「社員が140名を超えると、俗に言われるサラリーマン的な、月給をもらえればいいという感覚が社内にまん延してしまいがち。しかし、販売員には自らを商店主に見立てて接客に努め、自己の才覚と努力で顧客から月給をいただくという気概を持って欲しかった」。

接客経験が商品知識をアップ

 それでは、接客教育はどのように行われているのだろうか。同社では接客の基本を「笑顔」、「アイコンタクト」、「あいさつ」の3項目に絞り、研修もこれらを徹底する内容を目指す。これまで、接客教育はOJTに限られていたが、今年に入ってから「ニコニコ研修」を設け、研修の内容をOJTで確認する方針に改めた。社員、派遣社員、契約社員(パート、アルバイト)の全員が1回当たり約3時間半の研修に参加する。社員研修の講師は取引先メーカーの人材開発センターから招くが、派遣社員、契約社員に対して講師役を務めるのは、プロから研修を受けた社員である。社員は、自らが研修を受講するとともに、教える立場にも立つことで自己研さんし、自分の言葉に責任を持つようになる。
 第1回研修のテーマは「みだしなみと基本動作」、第2回は「笑顔」。今年11月に予定されている第3回は「挨拶」。各研修会では前回内容を復習することから始め、「研修をしました」で終わらない継続性を追求している。年中無休、午後9時までの営業によって、いわゆる“ノミュニケーション”の場が減少しているため、強制的に従業員を一カ所に集めてコミュニケーションをとってもらう狙いもある。
 このほか、同社で「リーダー」と呼ばれている管理職(マネジャー)向けとして、来年2月に2泊3日の研修が予定されているが、こちらは接客教育ではなく、マネジメント、コーチング、リーダーシップなどについて学ぶ。
 OJTの基本は先に挙げた笑顔など3項目だが、電器店の悩みのタネである商品知識に対する有効な研修は、「顧客を売り場に集め続けること」と村内氏は話す。土曜、日曜日の朝・晩に部署ごとの勉強会を行うが、販売員の学習意欲を触発するのは、なんと言っても顧客から実際に質問されることなのだ。質問に答えられなかった、あるいは、顧客のほうが商品知識に優れていたときに感じる悔しさが、最高の動機付けとなる。

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「ニコニコ研修」では、自分の笑顔を写真におさめてその後の戒めとする

VOC制度で接客サービスを改善

 もうひとつ、販売員を育んでいるものがある。それは、2002年1月にスタートさせた「VOC(Voice of Customer=お客様の声)制度」である。インターネットやはがき、FAXなどで集めた顧客の声をグループウエアで共有する制度なのだが、厳しいことに、販売員を名指しするクレームも実名のまま公表するという。当初は、「壁に掛かった商品に触れたら、店員Aに怒鳴られた」という信じられないクレームもあった。これまでに6,000件近い情報が集まり、うち「ムラウチで買い物をしなかった」例は実に100件を超えたという。3割は値段が高い、欲しい商品がないなどの理由だったが、7割は接客に問題があったことが指摘されていた。
 実名の公表に対しては、今でも従業員から反対の声が上がる。委縮してしまう、意識しすぎてかえって良い接客ができないなどの理由からだ。しかし、村内氏は「売り場のプロである以上、顧客から評価されるのは、厳しいけれども当然のこと」と考えている。同氏によれば、小売業の販売員には「家に近いから通っている」という者が多く、プロ意識が欠けている面がある。しかし、一旦売り場に立てばその道のプロとして、スポーツ選手が観客に評価されるように、顧客に評価されてしかるべきで、結局、顧客の声が販売員にしなければいけないこと、してはいけないことを教えてくれるのだという。
 ただし、顧客の意見は万全ではない。販売員の名前を間違えることもあるだろうし、その主張が常に正しいとも限らない。求められるサービスに追従すると、低価格での販売を続けられなくなる危険性もある。さまざまな意見の中から真実を見抜き、自らの力に転化する能力が必要なのである。厳しい試練のかいあって、接客サービスは向上。最近ではクレームの件数がぐんと減る一方、名指しで販売員をほめるケースが増えてきている。

管理職は100%成果主義

 同社では、リーダーと呼ばれる管理職の給与は100%成果主義となっている。業績によって給与、賞与、退職金が決まり、賞与の場合で最大3倍くらいの差がつくこともある。業績主義の難しさはなんと言っても公平感だろうが、この点、手掛けるサービスや持ち場がさまざまな同社での評価は困難を極める。業績はあらかじめ決められた予算に対する業績なので、その分、予算配分が難しい。また、担当した売り場によって、売れ筋商品やそうでない商品があり、売れにくい商品を担当してしまうと当然、業績も上がらなくなってしまう。そこで、コンサルタントを導入して、業績達成の難易度まで考慮した評価体制を築いている。やはり、数式通りにはいかず、ある程度の調整が必要になるようだ。
 リーダー以外の社員は業績50%、プロセス50%で評価される。プロセスでは、基本的な接客能力やチームワークに貢献しているかが問われる。契約社員は、時給800円でスタートしてベーシックな部分を覚えると900円、売り上げに貢献したり、売り場を任せられるようになると1,000円というように、最高1,200円までランク分けされている。ほとんどが900円、1,000円の枠内に入っており、1,200円に手が届く人材はまだ出ていない。
 査定はマネジャー、サブマネジャー、エリアマネジャー、本部長など複数で行い、公平性を保つ。
 同社ではこのほか、幹部候補生を育てるため、青年取締役制度を2000年に発足させた。立候補制で、審査にパスすると青年取締役として経営会議や経営勉強会に参加し、経営全般を学ぶことができる。社内的な数字も開示する。すでにOB7名を創出、4名が現役で任に就くが、研修の事務局長、ECリニューアルのリーダー的存在などとして活躍中だ。売り場に近い人間として、販売員から「どうしてこのような決定に至ったのか」などの疑問に対し、経営方針を伝える橋渡し役としての期待も大きい。
 現在、20代後半から30代の青年取締役が熟練した40代を迎える頃、ムラウチでどのような手腕を発揮するかが楽しみだ。


月刊『アイ・エム・プレス』2002年11月号の記事