“顧客の理解”に基づいたeビジネスを推進

本田技研工業(株)

従来のマスメディアを使わない販促

 国内大手自動車メーカー、本田技研工業(株)の高級スポーツカー「S2000」のプロモーション方法は過去に例を見ないものであった。テレビCM、雑誌広告(自動車専門誌を除く)などの従来のマスメディアをまったく使わず、Webとeメールによる情報配信だけを販促の手段に用いたのだ。しかしその結果は驚くべきもので、全出荷台数の8割以上がこの販促に影響を受けたものであり、また販売台数だけを見てみてもこの種の商品ではかなり健闘している。
 「S2000」は同社の創立50周年記念車として、1998年秋に発表された。発表前にそのプロトタイプが数回モーターショーで公開され、かなりの人気を博していた。このような経緯から、同社では従来のマスコミを通じてのプロモーションの必要性は少ないと判断し、同社ホームページ上の「S2000」コーナーの“スペシャルページ”に詳細な商品情報を掲載すること、またそれを個々の顧客にeメールで告知することのみでプロモートすることを決定したのだ。「S2000」のプロモーションに参画し、今回の取材に応じていただいたのは、四輪営業統括部 ホームページ企画課課長の渡辺春樹氏である。

登録に際し、あえてハードルを設定

 同社は、「S2000」の発表から半年後の99年4月の発売開始に伴い、「S2000」の関連ニュースやサイトの更新情報、壁紙やビデオクリップのダウンロード情報などを随時eメールで配信するメールサービスを本格的に開始した。当初、同社サイトに訪れ、このサービスに登録したのはおよそ3万人であった。登録に際しては、属性のほかに現在所有している車について細かく記入したり、「S2000」についての意見・感想を100字程度で記入する欄を設置するなど、本当に同車に関心を持っているユーザーを厳選するためのハードルをあえて設けた。
 その後、これら3万人を対象に行ったeメールを介しての調査によると、うち約6割が「S2000を購入したい」と回答したという。同車の月産台数は500であり、この回答が実現するのであれば、「当面必死になって販促を行う必要はない」と考えたという。これを検証するかたちで毎年メールサービス登録者を対象としたアンケートを行っているが、99年には9.8%、2000年には16.2%、2001年には36.2%が「実際に購入した」と回答した。2001年5月までの同車の販売台数は1万台強であったが、そのうち84%がメールサービス登録者による購入であり、この販促方法が有効であったと渡辺氏は見ている。なおアクティブな登録者数は、毎月100名前後の出入りがあり、現在はおよそ2万7,000名である。

ホンダ① ホンダ②

「S2000」トップページ http://www.honda.co.jp/auto-lineup/s2000/(左)/「S2000」(右)

インターネットならではの利点を活用

 同社のeビジネス参入の理由は、ただ単に“流行りだから”という発想からではなく、インターネットを利用する顧客が増えてきたことに対応した結果である。同じ理由から、モバイル・インターネット向けのコンテンツも提供しているが、これに関しては、同社の主要顧客ではない女性からのアクセス数がPCよりも多いなど、注目すべき点はあるものの、販促効率が思わしくないのが現状だ。とは言うものの同社にとって、インターネットの存在は、今や顧客ニーズへの対応以外の側面においても無視できないものになっている。
 同社では、スポーツカー「NSX」のオーナーに年2回紙媒体の情報誌を販売店経由で配付しているが、その経費は販社負担であり、またオーナーの転居などで、オーナーの手元に届かない場合があり、NSXオーナーから、送付してほしい旨の要望がかなりの数届くという。このような問題にも、インターネットを通じて情報を提供することで、コストをそれほど気にかけなくとも容易に対応できる。また、もうひとつのメリットとして、後述するように、同社は「あらかじめ“顧客を理解していること”を前提にビジネスを進めている」(渡辺氏)が、時としてそれを検証する必要に迫られた場合においても、インターネットをツールとして使えば、低コストかつ短時間での検証ができることが挙げられる。つまり、今までアナログの媒体で行ってきたことの効率を上げるツールとして、インターネットを活用しているのだ。

顧客への理解なくしてCRMはあり得ない

 以上の理由から、同社はeビジネスにおいては、「“インターネット”を使って顧客を獲得するための綿密な仕掛け作りに力を入れるよりも、ロイヤルティの高い顧客を長期にわたって維持していくことを重んじている」(渡辺氏)。
 しかし一方で、インターネットを通じての渡辺氏の顧客に対する姿勢はある意味クールだとも言える。そんな姿勢を伝える一例として、前述したように、「S2000」のメールサービス登録者の獲得に躍起になっていないことが挙げられる。むしろ「冷やかし」の顧客を振り落とすような登録フォームをわざと用意している。そしてそのハードルをくぐり抜けてきた顧客には、Web上での「S2000」情報を常にケアし続けることで、同社が顧客の支持する商品に対して愛情を持ち続けていることを示し、顧客の満足度を向上させているのだ。
 こういった姿勢には、同社が長年にわたって行ってきたマーケットと商品のポジショニングの分析による“顧客の理解”が根底にある。「“このマーケットの中で、この商品を購入する顧客はこういった考え方を持っている”といったことはある程度決まっている」(渡辺氏)という。これは“車”という高額商品ならではと言えるかもしれないが、所有している車でその顧客の人格の3分の1は把握できるというのだ。この分析により、流動的な顧客とロング・スパンで付き合える顧客を割り出し、相応に対応する。顧客への理解なくしては商品・サービスの開発、ひいてはCRMはあり得ないというのが渡辺氏の考えだ。このような“顧客の理解”という自信に基づいて、「S2000」に関するビジネスは進められている。
 そしてその結果として、同社では顧客の囲い込みを行っていない。囲い込もうとすれば、顧客は囲い込まれまいと対抗策を講じるという。よって、同社では、流動的な顧客以外には特典としてプレゼントを提供するといった販促を行っていない。
 これは同社が自動車メーカーであることにも起因している。というのは車という商品の性格上、そうそう頻繁に買い換えが行われるものではなく、買い換えまでの期間を10年と仮定して、さらにその間の顧客の引っ越しなどによる生活環境の変化を考慮すれば、One to Oneで顧客を追い続けることは必ずしも得策ではない、というのが同社の考え方であるからだ。これは「メーカーと販売店の関係においても同様」(渡辺氏)であるという。
 以上のように同社のeビジネス、インターネット、顧客に対する姿勢は非常にはっきりしており、今後も“顧客の理解”に基づいたeビジネスを展開する考えだ。


月刊『アイ・エム・プレス』2002年4月号の記事