ぼんやりしているものをかたちにする

千葉夷隅ゴルフクラブ

立地条件を認識したうえでの徹底した顧客サービス

 1979年オープン。正会員2,713名、平日会員953名を擁し、年間1億円以上の利益を出している千葉夷隅ゴルフクラブ。東京から90km圏内に位置し、車で1時間半から2時間はかかる不利な立地条件にもかかわらず、昨今の不況の中でも順調に収益を伸ばし続けている。平日でもビジター料金は1万5,000円以上と、決して周辺のゴルフ場と料金的な差別化を図っているわけではないのに、利用者数は近隣のゴルフクラブより20%以上も多く、ひとり勝ち状態である(図表2)。

12-2 図表2

 現在の不況下において、同クラブが成功を収めている理由は、立地条件のハンデを十分認識したうえでの徹底した顧客サービスにある。
 同クラブは、バブル期において、顧客の“一番最後の選択肢”であったという。何よりも交通の便が良く、近いということが集客できるゴルフ場の条件であった当時、どうすれば顧客を呼べるのかを熟慮した結果、顧客のぼんやりした要望(暗黙知)をはっきりとしたかたち(形式知)に変えて提示することこそが、その結論であるという考えに至った。
 近隣のゴルフ場が、セルフサービスによる低料金を売りにして顧客の囲い込みを図っているのに対して、同クラブでは、コース、レストラン、キャディ、料理、営業などのすべての部門において、徹底的に顧客満足を向上・維持する姿勢で業務に臨んでいる。この結果、1997年には日本経営品質賞を受賞した。しかし、受賞することが目的であったわけではなく、実施していたことがたまたま評価されたというのが同クラブの見解だ。

すべてのプロセスをマニュアル化

 同クラブでは、顧客満足度の向上・維持を実現するために、サービスにおけるあらゆるプロセスをマニュアル化している。こうすることで、すべての社員がばらつきのない均質なサービスを提供することができるのだ。同クラブではプロセスのマニュアル化によって提供するサービスを「機能的サービス」と呼んでいる。これは同クラブが顧客に「最低限保証」するサービスである。
 しかし「機能的サービス」は普遍的なものではない。「機能的サービス」は、それを提供した結果として個々の顧客から集まってくる声を、自身にさらに反映することで常に進化していくものなのだ。あらゆるシーンにおいて社員は、来場した顧客の「ひとこと」を集約するために、顧客の声に耳を傾けている。そして、そこで得られたナレッジを情報カードに記入し、提出している。さらにこのナレッジをすべての社員が共有できるようになっており、担当が変わった場合でも、顧客に前任者と同様のサービスを提供することができるのだ。

「情緒的サービス」を「機能的サービス」に

 しかし前述の通り、すべてをマニュアル通りにこなせばよいというわけではない。
 以前、ある顧客がレストランで食事を注文したが、その際に「二日酔いであまり食欲がない」と洩らした。この時点において、同クラブがこの顧客に対して保証すべき「機能的サービス」は、オーダーを復唱し、8分以内に間違いなく食事を提供することであった。しかし、ひとりの社員が顧客の言葉に気付き、食事を持っていく際に胃薬を付けた。客は驚いて、頼んでいない旨を伝えたが、その社員は「胃の調子がよろしくないようなのでお持ちしました」と答えた。すると顧客は痛く感動し、支配人に「ここは世界一のゴルフ場だ」と言ったという。——食後に胃薬を持っていくことは、その時点で当然マニュアルにはなかった。しかしひとりの女性社員のマニュアルを超えた「情緒的サービス」により、同クラブは素晴らしい評価を得ることができたのである。この「情緒的サービス」は、これ以後、小集団活動(※)を通して「二日酔い」「食欲不振」「胃の調子が悪い」という言葉に集約され、この3つのどれか、またはこれに類する言葉が出た顧客には、食事を提供する際に胃薬を持っていくことがマニュアルに反映され、「機能的サービス」に追加された。
 こういったパーソナルなナレッジを共有していくことで、場面ごとの適切なサービスが可能になるのだ。
(※)小集団活動……小グループが自主的に行う品質管理活動や改善活動

クレームを未然に防止

 同クラブのナレッジ共有の方法は、基本的に紙媒体である。全社員が顧客の一言から気付いたことを情報カードに記入する。集積されたナレッジは「要求」「不満」「満足」の3つの項目にカテゴライズされた一覧表にまとめられ、全社員に配付されている。情報カードは基本的に1日1回提出するが、特記事項がない場合は無理に記入する必要はない。情報収集の際のポイントは顧客に情報を集めていることを悟られないことだという。情報源のひとつにアンケートがあるが、アンケートの場合、顧客は変に構えてしまい、本音を書かないこともあり、正確な情報が得られないことが多い。そこで同クラブでは、単純にアンケートを信用するのではなく、社員各々がさりげなくさまざまなシーンで、顧客の本音を聞き出すことを心掛けている。その際には顧客の名前もなるべく聞き、そのうえでアンケートにも修正を加え、より正確なデータとして蓄積すると同時に、細やかなOne to Oneを実現している。このように、ちょっとした顧客の「ひとこと」を拾うことは、クレームを未然に防ぐという意味においても有用な手段であり、同クラブの顧客満足経営の根幹を成すものである。前述のように情報共有の基本ツールが紙媒体であるため、同クラブの紙の使用量は膨大であった。そこで2001年度より光ケーブルを導入し、現在では媒体はコンピュータ・ベースに移行しつつある。
 同クラブの圧倒的な支持の理由は以上のように基本的に“アナログ”な顧客との対話から得られるナレッジの有効活用であり、ITを採り入れながら、さらなる顧客満足度向上を実現していく意向だ。


月刊『アイ・エム・プレス』2001年12月号の記事