コンシェルジュを目指しナレッジマネジメントの強化を図る

スルガ銀行

いち早くCRMシステムを整備

 金融規制緩和に伴い、市場の自由化やグローバル化、ボーダレス化が急速に進む中、金融業界間の競争は熾烈を極めている。
 このような状況下、静岡県を本拠地とし、「コンシェルジュ・バンク」を標榜するスルガ銀行は、IT投資を戦略的に行ったり、邦行の中ではいち早くCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)システムを実用的なかたちで整備したりと、常に革新的な取り組みを行うことで差別化を図っている。
 CRMシステムは、すでにあった顧客データベース・システム「CIF(カスタマー・インフォーメーション・ファイル)」を、さまざまなチャネルで有効に活用していきたいという発想により構築されたものである。当初、このプロジェクトは、「プリズム」と呼ばれていたが、1996、7年頃に“CRM”という言葉が一般的に言われはじめたのに伴い、「CRM推進」に名称が変更された。
 また「プリズム」プロジェクトの開始と同時に、イントラネットの整備に着手。99年に全社員にパソコンが支給されたことで、その完成を見た。イントラネットでは当初より、社員同志の情報伝達のほか、「ベスト・プラクティス」「困った時のQ&A」といったコンテンツを設けている。当時、「ナレッジマネジメント」という言葉は、同社では特別意識されていなかったが、ナレッジマネジメントが一般的になるにつれ、自分たちがイントラネットを通じて行っている活動が、まさにそれに当たると自覚したという。その後、“CRMを真に活用するためには、ナレッジマネジメントの考え方が不可欠である”との考えから、積極的なナレッジマネジメント活用が始まった。

「21世紀探検」で経営を活性化

 同社では現在、イントラネット上に、前述のようなコンテンツに加え、「21世紀探検」と銘打たれたコーナーを設けている。これは経営全般にかかわる意見に関してフラットに意見交換や提案ができる場であり、同社のイントラネットの中核を成している。「21世紀探検」設置には、地域カンパニーに支配人を置いて権限移譲を行ったり、取締役を大幅に削減して執行役員制度を敷くなど、社内において誰でも自由に発言ができるような雰囲気作りをしてきた背景がある。ヒエラルキーが強いと良い意見も出てきにくいというのが同社の見解だ。この意味において、社長(従来、頭取と呼ばれていた)や支配人などが、自ら現場に出向き、社員ひとりひとりに声を掛けたり、COOが個人宛にメッセージを送るといったことも積極的に行われている。このような経営のリーダーシップのフラット化は、イントラネット活用の活性化につながっている。
 さらに同社の大きな特徴として、個人のミッションを明確にしていることが挙げられるが、これは個々のナレッジが発揮されやすい環境を整えるという意味において、重要な意味を持っているという。

顧客中心のナレッジ共有

 ナレッジマネジメント導入の効果としては、顧客のニーズに合わせた商品の素速い提供が挙げられる。以前は、現場にせっかく顧客の声が入ってきても、その声は本部には届きにくいものであったが、イントラネットを媒介としたナレッジの共有により、顧客が望む商品の開発がしやすくなったのだ。
 例えば、同社の住宅ローンの売り上げは業界内でもトップ・クラスだが、これはナレッジの共有により、金融業界では常識であった“勤続年数重視の割合”を、顧客に合わせて柔軟に変更できるようになった結果である。具体的には、一般に住宅ローンを組む場合、現在勤務している会社での勤続年数が重視されるが、終身雇用が必ずしも当たり前ではなくなった昨今においては、ベンチャー等への転職者も多い。その中には、現状に至るまでの業歴には何ら問題がないのに、前述の勤続年数の問題で住宅ローンが組めない見込客が多数存在していたのである。ナレッジの共有により、そういった見込客を引き上げることに成功したわけだ。
 また、ある若手社員が「21世紀探検」に挙げた、「ATMでの定期預金には人間味が感じられない」という顧客からの意見に対して、「くじ付き定期」の提案があった。これは、預金口座1口(5万円)につき抽選で1万円が当たるというもの。当選すると画面上に花火が上がり、1万円が自動的に口座に振り込まれる。このほかにも、バーチャル支店である「ドリームダイレクト支店」開業に当たって、金利以外で他社との差別化を図りたいと考えていたところ、「21世紀探検」にジャンボ宝くじ付きの定期預金の提案がなされ、これを採用した結果、2年で700億円を集める大ヒット商品となったという実績がある。

コンシェルジュを実現する“ビジネス・オーナーシップ”

 同社は外部からのナレッジを取り入れることにも積極的であり、米国の銀行や提携先、IT企業などからの海外のリテール・バンキングにおける営業方法やPC、データベースに関するナレッジや、ソフトバンク・ファイナンス、So-netなど国内の提携企業からのブランド、ウェブ・サイトといったナレッジを活用することで、地方銀行である同社のブランディングの強化を図っている。
 そしてこれらのナレッジの共有は、同社が提唱するコンシェルジュのベースである。コンシェルジュとは少々聞きなれない言葉であるが、顧客満足を第一とするホテルでは馴染み深いもの。人生やビジネスのさまざまなシーンにおいて顧客の夢を実現するコンサルティング、すなわち「究極のお客様第一主義」がその真意だ(図表1)。

12-1 図表1

 コンシェルジュの具現化のために同社では、“ビジネス・オーナーシップ”を掲げている。そのイメージは「社員ひとりひとりがスルガ銀行の代理店」になるというもので、自分の顧客の満足度が自分の評価につながるような仕組作りを目指すものだ。そのためのベースになるのがナレッジの共有であり、コンシェルジュの実現に向け、さらなるナレッジマネジメントの充実を推進していく考えだ。


月刊『アイ・エム・プレス』2001年12月号の記事