スキルとコール状況の科学的分析でクオリティとパフォーマンスを最適化

AOLジャパン(株)

初心者対象にコンテンツを充実

 AOLジャパン(株)は、米国のISP(インターネット・サービス・プロバイダ)であるアメリカン・オンライン(2000年1月にタイム・ワーナーと合併、AOLタイム・ワーナーとなる)と三井物産、日本経済新聞社の合弁会社として1996年2月に設立。翌年4月からインターネット接続サービスを開始した。
 1999年3月現在、会員数は41万人を超える。女性が51%と多いのが特徴だ。会員の平均年齢は32.5歳。18〜34歳が65%を占める。最近では25〜34歳の女性の増加が目立ち、主婦や定年後の男性の間でも利用が拡大している。
 入会方法はいたって簡単。同社専用ソフト(パソコンの Windows98などのOSにバンドルされ、雑誌付録や店舗などでも入手可能)をインストール後、アクセスポイントの電話番号を選んで接続すると、「入会手続きへようこそ」という新規登録の画面が表示される。そこで氏名・住所・電話番号など個人情報を入力すると、Eメールのアドレスが指定され、登録完了となる。
 会員獲得手段は、駅や一般誌、初級者向けのパソコン雑誌の広告など。CD-ROMとのタイアップ広告なども行っている。戦略上、同業他社と比べて女性誌などへの広告出稿が多い。また現在、テレビCMも検討中だという。
 会員のリテンション(維持)の面では、入会期間の長い会員にはグッズなどを抽選で進呈。新しい接続用ソフトは会員には原則無料で発送している。
 同社は同業他社と異なり、自社独自のコンテンツを原則として無料で提供している。懸賞や金融、証券のコンテンツにも力点を置き、会員であれば銀行や証券会社の初年次口座管理料が無料になるなど多様なサービスを用意することで、顧客の獲得と維持を図っている。

コール数は月平均10万

 同社のコールセンターは1997年4月に「メンバーサービス部」の一組織として開設された。日本では当時、パソコン(PC)メーカー系やマイクロソフトなどのアプリケーション・ソフト・ベンダー系のISPはすで存在していたが、ISPを専業とする事業者はまだ少なかった。そのため同社では、手本がない中、ISP専業のパイオニアとして試行錯誤しながらコールセンターを立ち上げることになった。
 コールセンターのシステムや顧客データベースは、米国法人のコールセンターで使用していたものを導入。同時に、そこでの運営のノウハウも活用した。
 コールセンターは以下の2つの部門に分けられている。インターネットへの接続法やパソコンの使用法など技術的な相談を受け付ける「テクニカル・サポート」と、料金やパスワードなど接続契約に絡む問い合わせや相談を受け付ける「カスタマー・サービス」がそれだ。同社は顧客接点の重視というAOL全体の企業理念に基づき、コールセンターの構築と運営はすべてインハウスで行っている。
 オペレータ座席数は200席以上。現在は総勢200人以上が交替勤務している。
 電話回線は一般加入回線を基本としており、フリーダイヤルは、CD-ROM形式の接続用ソフトウェアの申し込みに導入している。
 オペレータによる電話受付時間は毎日9〜21時。コール数は、カスタマー・サービス、テクニカル・サポートを合わせて月平均10万以上。コール内容は、カスタマー・サービスでは一般的なサービス内容についてが最多で、料金や入会法についても多い。テクニカル・サポートでは、接続方法に関する問い合わせが最多で、Eメールの送り方、ホームページの見方と続く。
 各オペレータは、技術情報、自社サイト上のFAQ(Frequently Asked Question)のほか、最新の雑誌広告、メンテナンスの有無、各オペレータの休暇希望日、勤務シフト、当日の休憩時間を、社内LAN(構内通信網)を通じて把握できるようになっており、顧客対応に生かされている。これらの情報はバックエンドを担うインフォメーション・テクノロジー・グループが一元管理し、各現場に流している。

休憩時間もコール予測の材料に

 コールセンターの運営では、クオリティ(応答の品質)とパフォーマンス(応答の効率)のバランスが重要と判断。応答の効率を向上するため、業務内容の改善と同時に、コール状況の予測も行っている。予測は過去数週間分のデータを基にメンテナンスなどの影響も加味し、平日と土・日・祝日とを分けて30分単位で出す。一定時間帯のコール総数は数%以内の誤差で当たるという。
 また、通話時間の長いオペレータの通話をモニターし、その応対が適切かどうかを確認。さらに、オペレータが休憩時間であるにもかかわらず電話応対していたり、逆に休憩時間ではないにもかかわらず休憩していた場合など、コール状況をリアルタイムでモニターできるシステムを採用している。ただ、応答の効率を上げると、コストの削減にはなるが、品質も下がりがちだ。そこで随時、業務内容を精査し、効果測定を行うことで、クォリティとパフォーマンスのバランス維持を目指している。
 IVR(音声自動応答装置)は、着信の振り分けのみに使用。また、音声認識システムについては、「会員からの当社への問い合わせ内容はまちまちで、単なる製品受注でもないので、音声を認識して適切な回答を自動音声で流すというシステムは現段階では難しい」と、メンバーサービス部 サポートセンター シニアマネージャーの山内一豊氏は語る。
 ACD(着信呼自動分配装置)については、たとえば「何分待ちです」という音声が顧客側に流れ、待ち時間が長い場合は通話を切断している。
 着信の接続については従来、オペレータの人数や休憩時間を基に、問い合わせ内容別にランク付けされたオペレータのスキルに応じて接続順位を決めていたが、昨年秋からは、待ち時間の予測値を加味することで、より柔軟で的確な着信の接続が可能となったという。
 またネット上では、Eメールに加えてチャットによる問い合わせにも対応している。受け付けは9時〜20時30分。その際の接続料(電話代は別)を無料としているため、遠距離の会員に多く利用されている。このほか、ウェブ上では質問をFAQの形で受け付けている。
 顧客データベースへの登録人数(会員数)は41万人を超える。世帯単位の登録が多いので、実際に使っている人数はその1.5〜1.6倍に上る。会員数よりusage(何時間使っているか)を重視する同社では、某ISP大手のように冬眠会員も含めるようなことはしていない。

AOLジャパンのコールセンター

AOLジャパンのコールセンター

オペレータの心労もケア

 オペレータの教育については、まず1カ月近い初期研修を実施。そこで商品やパソコンなどの技術に関する知識、さらには会社の理念・ポリシーを教え、共有化させる。実際の業務に入った後は配属先の先輩がそばに付いてモニタリングしたり、実際のやり取りの録音を聞かせてフィードバックしたり、小テストを実施することで各自のスキルの自己点検を行っている。また、苦情の応対が積み重なることによる心のストレスについては、同僚が素早くケアやカウンセリングを行うことでフォローしている。
 同社のサイトは他のISPのサイトに比べてチャットや掲示板での男女の交流が盛んだといわれる。そのせいか、誹謗・中傷、わいせつな語句の一方的かつ継続的な送付、わいせつ画像や幼児虐待の画像の掲載などを行う者は少なくなく、こうした「ネチケット」(インターネット上のエチケット)違反者には厳しく対応している。この姿勢は、米国法人の基本方針に強く根ざしており、また、「健全な情報化社会」の実現をめざす同社の理念の具現化でもある。
 具体的には、サイト内に「オンライン110番」というコーナーを設置。ユーザーからの通報に基づき、問題のある書き込みを削除したり、行為者が会員なら利用を一時停止する場合もある。
 ただ、同社は、通信の秘密や表現の自由といった法的制約もあることから、検閲は行わず、あくまで通報に基づいて対応している。メンバーサービス部はカスタマーサポート部隊として上記のようなネチケット違反者に対する啓蒙もミッションのひとつと考え、今後は、被害者の「かけ込み寺」的な役割だけでなく、ネット上の「パトロール」にも取り組んでいきたいとしている。

「イージー・トゥ・ユース」を目指す

 現在の最大の課題は、接続用コール品質の向上だ。パソコンやOS、同社製の接続用ソフトのバージョン・アップにオペレータは常に対応していかなければばらず、そのためのトレーニングは欠かせない。また、自分が抱えている問題を説明できない顧客や、本来パソコンのメーカーに聞くべきことを聞いてくる顧客は多く、技術に関する知識だけでなく、顧客が言いたいことを推測し、その意をくみ取るコミュニケーション・スキルも求められる。これはISP各社が共通して抱えている問題かもしれない。
 また、インターネット人口の増大にともない、メーカー系大手各社が自社PCに自社系ISPへの入会ソフトをバンドルしたり、テレビやラジオのCMを強化することでユーザーの囲い込みやリテンションに乗り出す中、ISP間のユーザー争奪戦は今後一段と激化することが予想される。しかし同社では、アクセス・ポイントの多さや接続料金の安さを強調する競合他社の土俵には乗らず、あくまで、健全なオンラインの世界の実現という理想の下、「イージー・トゥ・ユース」な独自のコンテンツの充実、海外でのアクセスのしやすさなど同社本来の強みを基盤に、初心者と幅広い年齢層をターゲットにした事業拡大に取り組んでいく意向だ。


月刊『アイ・エム・プレス』2000年4月号の記事