顧客の信頼を獲得する対応の実践

(株)住友銀行

“本源的なサービス”を追求

 ビッグ・バンの進む中、あらゆる銀行が顧客を獲得し、維持するためにさまざまな商品を開発し、サービスを打ち出している。しかし、安直に他行と横並びの商品を提供したり、いたずらにサービス幅を広げるだけでは、そのいい部分だけを顧客側が選択して、銀行を使い分けるようになってしまう。そこで(株)住友銀行では、抜本的なサービスの改革に乗り出した。
 銀行の店頭サービスにおいては、これまで“待たせないこと”が顧客にとって最大の価値であると考えられてきた。実際に来店した顧客の待ち時間に対する不満は多い。けれども、同行ではあえて、顧客が銀行に本当に望んでいることはほかにあるのではないかという根本に立ち返ってサービスの見直しをはじめている。実際、同行が実施した顧客へのインタビュー調査では、「人生の中でこれまで銀行とどのようにかかわってきたか、その中で心に残った(不満も含めて)銀行とのつきあいはどのようなものだったか」などについて尋ねているが、そこでは待たされたことに関する不満はまったく出てこない。待ち時間に対する不満の解消に取り組むのはもちろん必要だが、それは必ずしも本源的なものではない。たとえばディズニーランドのように、たとえ待たされても“待って良かった”と思えるサービスが確かに存在する。そこで同行では、顧客が本当に銀行に求めるものを探り出し、応えていくことで、顧客に“来て良かった”と感じさせるサービスを実践しようと、顧客との本格的なOne to Oneの関係づくりを開始したのだ。
 まず、商品を中心に編成されていた組織を、1998年10月からファミリー・バンキング、投資サービス、プライベート・バンキング、リモート・バンキング、ビジネス・オーナーといったように顧客別の営業体制に変えることで、顧客中心の組織を整えた。
 次に商品、サービスの提供方法についても、これまでの“物を売る”というスタンスを改めた。これからは第1段階として顧客の信頼を獲得し、次に顧客がどのような商品に関心を示し、どういった商品を求めているのか、顧客のニーズを確認する。そして個々の顧客の問題を解決する商品を具体的に提案し、提供するというビジネス・プロセスを構築すべく、さまざまな試行を実施中。
 現在のところ、第1段階の“顧客の信頼を勝ち取る”ことを最重要課題として、社内の意識改革を推し進めようとしている最中である。

インターネット・サービスの充実にも力を入れている。URL:http://www.sumitomobank.co.jp

インターネット・サービスの充実にも力を入れている。URL:http://www.sumitomobank.co.jp

“個”客を理解

 “顧客の信頼を勝ち取る”ためには、預かったお金を確実、かつスピーディに処理することや、経営の安定した銀行だと認識してもらうことで“安心感”を与えるのはもちろん、顧客を“個として認識”することで、顧客を理解していく必要があると同社では考えている。
 またこの顧客の信頼は、日常の取り引きの中で培われるものであるとの観点から、店頭やコールセンターといった、顧客対応の現場の意識改革に力を注いでいる。
 従来、銀行の顧客対応窓口には、正確に迅速に処理する能力が第一に求められていた。接遇・応対については「明るく、感じよく」という基本を最も重視してきた。また素早く処理することが安心感を生み出し、顧客満足につながるとされており、研修も処理能力を身につけることを中心に行われてきた。しかし、いまや高品質な対応こそが差別化の切り札であるとの認識が進み、一方でシステムの高性能化により、今まで知識の習得や事務処理に費やしていた時間と労力を、顧客とのコミュニケーションに回す余裕も生まれてきた。
 そこで同社では今後、すべての取り引きは顧客ひとりひとりにとって重要な意味があるということを理解した上で対応を行う能力と、目の前の取り引きのみに終わらせず、将来的にそれぞれの顧客の期待に適うものを奨められる能力を顧客対応に当たるスタッフに求めていく考え。
 たとえば住所変更を例にとると、取り引きの処理内容自体は、どの顧客も変わらない。住所を新しいものに変更するだけである。これまではそれをどれだけ素早く処理するかに重点が置かれていた。けれども同じ住所変更でも、Aさんは単身赴任、Bさんは大学入学でひとり暮らしをはじめる、Cさんは結婚といったように、それぞれの顧客によってその意味合いは異なっている。そこで今後は、その取り引きの背景にある顧客の事情を理解して対応していくことに重点を移していく。その実践により、顧客から「私を理解してくれる銀行」という信頼を得ようというわけである。
 このように顧客を“個”として理解し、対応するには「信頼を勝ち取ろう」という意識をもつことが不可欠。意識が高まれば、どのように顧客に接するべきかを自分で考え、実践できるようになる。しかし、「信頼を勝ち取ろう」という意識は研修で身につくものではない。たとえば、新規顧客の場合にはなぜ同行で口座を開いたのかを顧客に尋ねる、あるいは既存顧客ならば過去の履歴を見ながら対応をするなどといった方法についての研修を行っても、“個”客を理解し、満足を得るには不十分なのだ。そこで同行では、本支店間のコミュニケーションと同行と顧客のコミュニケーションの両面から意識改革を進めていく予定。
 一般的な接遇・対応については、店頭用とコールセンター用のそれぞれにマニュアルが完備されているが、顧客を個として認識し、対応するためのマニュアルは今のところ存在しない。だが、徐々に意識が浸透してくれば、現場でいろいろな工夫が生まれてくる。いずれはそれを汲み上げ、同行としての対応の一貫性を保つために標準化し、浸透させていく予定である。

社内での意識変革を推進

 一方、同行では、ターゲットの明確化と顧客満足(CS)に対する認識の統一化を推し進めている。同行のターゲットは、男女にかかわりなく、家族の幸せを守るため、豊かな人生を送るために、額に汗して勤労にいそしむ人。こうした顧客がお金の悩みに煩わされることなく、仕事に専念できるようサポートしていこうというのが同社のミッション。そこでブランド戦略の一環として、働く人と、その人が支える家族をテーマにした新聞広告等でイメージの定着を狙うとともに、今後は各顧客接点においても顧客に対して同行が何を目指しているのかを、はっきりと打ち出していく計画。まずは社内で、誰をターゲットに、どのようなサービスを提供することにより、CSを達成していくのかを徹底していきたい考えである。
 同行のCSとは、顧客がお金を支払っても受けたいと望んでいるサービスを提供していくことであり、決して顧客の望むことすべてを聞き入れることではない。たとえば勤労にいそしむカスタマーの財産を守り、堅実に増やすことは積極的にサポートするが、すでに多額の財産があるが、過大なリスクをとって期待値を超えた利益の拡大を望む顧客の要望に応えることはできない。後者の顧客は同行のターゲットとするカスタマーではないというのがその理由だ。また、不当な要求、不条理な申し出を行う顧客に対しては、取り引きの内容にかかわらず、ターゲット顧客ではありえず、仮に取り引きが解約されたとしても、一切責任を問わないといった企業風土(コモンセンス)を育てて、頭を下げるべきことと、そうでないことをはっきりさせ、胸を張って仕事ができる環境作りを目指したいという。
 このほか社内のバック・オフィスに対する意識改善も推進中。顧客との接点だけが、顧客満足のすべてを担っているわけではない。フロントが受けた顧客からの取り引きを素早く正確に処理するバック・オフィスのサポートなくして、顧客への十分なサービスの提供はあり得ないのだ。しかし、売り上げをもたらさないバック・オフィスの業務は軽んじられる傾向にある。顧客の信用を勝ち取るには、フロントとバック、すべてが重要であるという認識を早急に浸透させていきたい考えである。

商品中心から顧客中心の評価に

 顧客対応に当たるスタッフの評価方法は、今までは実績中心であり、商品別の新規顧客獲得件数に重きを置いていたが、現在では管理顧客数と顧客シェアで評価したいと考えている。
 またコールセンターにおいては、モニタリングにより顧客対応能力を評価。ジュニア、ミドル、プロスペクティブ、シニアのキャリアパス制度を近々創設予定。ジュニアはトランザクションの処理ができる、ミドルは顧客の質問に応えることができる、プロスペクティブはセールス、商品の提案ができる、シニアはトータルな提案(相談)やマネジメントができる能力を有したスタッフである。言葉遣いなどの基本的な項目をはじめ、それぞれに求められるスキルを、実際の顧客との会話をモニターして、チェックシートに記入。最終的にはこれをもとに面接をして、評価を決める。
 モニタリングが困難な店頭での顧客対応については、スタッフのスキル・アップのための評価制度を模索中。もっとも同行では、現在は店舗が顧客との日常的な接点となっているものの、将来的にはリモート・チャネルが顧客との日常的な接点として一般化し、店頭はプロフェッショナルな相談員がいる場所であり、必要な情報が得られる拠点に育っていくものと見ている。
 一方同行では、フェイス・トゥ・フェイスとは異なるものの、顧客との信頼関係を築くための手段として、ATM、インターネットといった無人チャネルも重視しており、こうしたチャネルでも顧客によって画面を変える、あるいは優良顧客に対してはクレジットカードの大口引き落としがある場合などに、画面で事前にその情報をアナウンスするといったパーソナルな対応を実現し、顧客にとっての“私を理解してくれる銀行”作りをチャネル・ミックスの中で具現化していきたいとしている。


月刊『アイ・エム・プレス』2000年2月号の記事