ホスピタリティ重視の人材育成

近畿日本ツーリスト(株)

顧客との新たな接点を創出

 近畿日本ツーリスト(株)は、1980年から“旅のダイレクトマーケティング事業”への取り組みを開始し、1995年からクラブツーリズム事業として本格展開している。
 「クラブツーリズム」とは、まさに“旅のクラブ活動”を指す。同じ興味や思いを抱いた仲間同士が、旅やそのほかの活動を通して各々のテーマや交流を深めていこうというものであり、そこには「出会い」「感動」「学び」「健康」「安らぎ」の5つの要素が込められている。顧客同士がつながりを深めるためのサポートをしながら、同社と個々の顧客との関係をも強固なものにしていこうというのが、クラブツーリズム事業の目指すところである。
 同社では顧客の利便性を配慮し、1980年に渋谷営業所で、直接店頭に出向かなくても電話1本で旅行が申し込める販売方式を採用。この方式では顧客の声を直接収集でき、それを商品開発に活かしていくことができることから、以来、マスメディアの活用と併行して、顧客とのOne to Oneの関係の確立に向け、さまざまな取り組みを開始。1985年には自社メディアである旅の情報誌『旅の友』(月刊)を創刊した。これを同社のツアーに参加した顧客に配布して『旅の友』会員として組織化するとともに、顧客ニーズを探り、ニーズに合わせた旅行商品の提供を行っている。また配布に当たっては「エコースタッフ制度」を導入。オピニオン・リーダーである顧客をエコースタッフとして組織化し、一般の各会員に『旅の友』を配布することで、地域の仲間作りの基礎を築いてきた。
 こうした中で同社は、顧客のニーズにより合致した商品を提供するためには、これまで以上に顧客とコミュニケーションを図っていくことが不可欠であると考え、そのためにはどのようなメディア、顧客との接点を設ければいいのかを模索してきた。その結果、顧客をそれぞれの趣味・嗜好によってグループ化、クラブ化し、顧客自身が旅行計画等に参画し、考えていく場を設けることが最も望ましいとの結論に至ったわけだ。『旅の友』会員の約60%以上が50歳以上であることから、クラブツーリズム活動は“豊かな仲間旅”の創造であると同時に、“生き生きとした高齢者文化”の創造にもつながっている。
 1995年には顧客情報をデータベース化し、首都圏で100万世帯のデータベースを構築。さらに「クラブツーリズム宣言」を発表し、クラブツーリズムの旅を通して社会貢献を果たしていこうと誓った。これを機に、同社ではクラブツーリズム事業に本腰を入れ、顧客の要望により近い旅行商品の開発と、顧客とのOne to Oneリレーションシップの実現に邁進している。
 ちなみに、現在『旅の友』は首都圏・関西・中部で250万世帯に配布されており、5年間利用のない顧客への配布は中止している。エコースタッフは首都圏・関西・中部で合わせて7,000名を数える。
 「クラブツーリズム」には、ひとりで旅に参加する顧客の仲間作りを目的とした「クラブ・ララ」をはじめ、「ゴルフクラブ」「写真クラブ」「温泉大好き倶楽部」など80以上のクラブがあり、2〜3割の会員が複数のクラブに参加している。

スタッフの採用にも顧客の意見を重視

 クラブツーリズムでは、個々の顧客との細やかなコミュニケーションを推進するため、あるいは同じニーズの顧客同士を結ぶために、人を介した接点作りが重要になってくる。そのためには有能なスタッフが必要である。そこで同社では、クラブツーリズム宣言に基づいて、こうした業務を担う「フレンドリースタッフ」の採用を開始した。
 1995年から採用をはじめ、今年で5年目。毎年、新卒の男女を採用している。現在、東京、大阪、名古屋を合わせて400名のフレンドリースタッフがいる。男女比は約1対9。平均年齢は24〜25歳である。
 フレンドリースタッフは、「クラブツーリズム」事業の関連企業として1993年7月に設立された同社の関連会社、(株)クラブツーリズムに所属。
 主な業務は、同社と顧客、そして顧客同士の接点作りである。同社では、クラブを創るのはあくまでも顧客自身であり、同社はその場を提供するというスタンスをとっている。その中で自ら顧客と接し、たとえば中心顧客層である中高年の、特に仕事を離れた人々の生きがい探しのサポートをしたり、同じ趣味をもつ者同士の仲間づくりの手助けをする。
 具体的には顧客の要望を聞き、ニーズに合う旅行企画を提案。旅行が実現したら、実際にその旅に同行する添乗員ともなる。TD(ツアーディレクター)業務も担う“旅のプロデューサー”というのがその位置付けだ。旅行のほかに、テーマに合わせた講座などを交えた交流会も開催しており、この運営のサポート役も担っている。
 もちろん、こうした交流会やツアーを実現するには、普段から顧客を知っておく必要があり、電話、手紙、自宅訪問など、いろいろなメディアを駆使した顧客との綿密なコミュニケーションも欠かせない業務となっている。
 言い換えれば、フレンドリースタッフは、さまざまな業務を通して、顧客とのコミュニケーションをリレーションシップに変えていくのが仕事。現在のところは、旅行の企画に携わるスタッフと、クラブの運営に係わるスタッフに分かれて、業務を行っている。
 同社がフレンドリースタッフに最も必要であるとしているのは“ホスピタリティ”。顧客を歓待し、顧客の“歓び”を自らの喜びと感じる心である。業務に関する知識などは、後からでも身につけられるものであり、採用時に重視しているのは、基本的なホスピタリティの素養があるかどうか。そのため、採用試験ではなく、ホスピタリティ・オーディションと称しているほど。筆記試験はなく、受験者はそれぞれのもち時間内に自由にプレゼンテーションを行う。それを同社の社員をはじめ、これからそのフレンドリースタッフと接する機会をもつクラブツーリズムの会員、そしてホテル、旅館やお土産屋など、同社がパートナー会社と呼ぶ関連各社から招いた審査員で採点していく。採点の配分は外部審査員のほうが高く、ホスピタリティを享受する側からの要望をより聞き入れる方式となっている。採用のポイントは“人となり”。特にシニア層への気配り、心配りと、それをどれだけ表現できるかが評価の大きなポイントとなる。

近畿日本ツーリスト(株)と顧客を結ぶ『旅の友』は、エコー・スタッフにより、会員配布される

近畿日本ツーリスト(株)と顧客を結ぶ『旅の友』は、エコー・スタッフにより、会員配布される

ホスピタリティの事例集も発刊している(左下)クラブごとに発行されている各種情報誌

最終目標は顧客の歓びを共感できるスタッフの育成

 フレンドリースタッフに採用されてからの研修プログラムとして、毎月1回開催される「クラブツーリズム・アカデミー」がある。フレンドリースタッフは、これを2年間受講することで、さらにホスピタリティ高め、知識を深めていく。
 「クラブツーリズム・アカデミー」では、たとえばバスガイド、スチュワーデス、旅館の女将さんといった接客のプロフェッショナルから話を聞いたり、旅行医学についての講義を受けたり、互いの添乗経験を報告し合っている。
 同社においては、マニュアルで決められた通りのサービスや接客対応は顧客にとって味気ないとの観点から、顧客対応に関するマニュアルは作られていない。
 顧客の“歓びを喜びに”感じるスタッフの育成のために同社が主眼を置いているのは、顧客に歓ばれるにはどうしたらいいのかを常に考えて行動する姿勢。自分で考えるという発想を身につけてこそ、臨機応変な対応も可能になる。したがって、実際に顧客と触れあうことが、フレンドリースタッフのスキルを高める最良の方法であると考えており、「クラブツーリズム・アカデミー」は、その実績や成果を互いに発表し、一番顧客のためになることを自分たちで発見していく場としての役割が大きい。
 つまり「クラブツーリズム・アカデミー」は、知識を得る場ではあっても、単に教え、教わるところではない。顧客のためにどうしていけばいいのかを自ら考え、意識を高めていく場であり、自分で考え、実行することの重要性を動機付けるところなのだ。つまり、クラブツーリズムの顧客対応のスタイルは、“自分で考える”ところにある。
 その成果として、フレンドリースタッフは、それぞれ独自の情報誌や出発案内を作ったり、旅行中の楽しい気分を振り返ってもらうために旅行後記を送付するなど、自ら進んで顧客との接点作りに動きはじめているという。こうした行動のひとつひとつが顧客とのさらなる会話のもとになり、接点の拡大につながっている。
 このほかの研修としては、マーケティングに関するオープン講座などが数カ月に1度の割合で開かれている。

販売効率のアップに貢献

 同社では、フレンドリースタッフの行動指針として、CHIE+Sの徹底実践を行っている。CHIE+Sとは、Communicationを通した顧客理解の促進、Hospitalityを通した顧客の信頼獲得、Informationを通した顧客の興味喚起、Entertainmentを通した感動と喚起の提供、そしてSpeedを備えた顧客の要望への対応である。CHIE+Sをどれだけ発揮できたかを、マネージャーとの話し合いの中で自己評価していく方法での指導が行われている。
 フレンドリースタッフの評価に当たっては、相対的評価を行うための制度を設けている。しかし同社では、その結果をさほど重視していない。最終的な評価の基準は、やはり顧客に歓んでもらえたかどうかにあるからだ。これが旅行への参加者の増加、売り上げの増加等にも反映され、フレンドリースタッフを中心とした販売においては、毎年約130%ずつ利益が伸びてきている。顧客ニーズに即した旅行商品の提供により、販売効率は確実に上がっているのだ。
 同社では、1995年のクラブツーリズム宣言以降、マスからOne to Oneに販売戦略を転換し、それを推し進めている。1997年には、フェロー・フレンドリースタッフと呼ばれる顧客添乗員制度もスタートさせ、顧客参画型の「クラブツーリズム」の特色をより強めた。フェロー・フレンドリースタッフはすでに首都圏で400名を数える。
 今後の計画としては、2010年までにクラブ数を1,000まで増やし、顧客接点を拡大させる“クラブ1000構想”を打ち出している。この構想では、250万世帯、500万人にクラブに参加してもらうという目標を掲げており、フレンドリースタッフ数も5,000名まで拡大する予定。まずは2000年に200名のフレンドリースタッフが新たに業務に就く。“クラブ1000構想”は、機械化、分業化が進む旅行業界にあって、逆行するとも言える“人”を介した顧客接点の拡大戦略。現在、旅行各社が競って顧客に提供している価値としては、価格の安さが挙げられるが、同社では、この他社にはない、人を介した独自の手法で、それぞれの顧客ニーズ、ウォンツに見合った商品を開発・提供し、「旅行ならばクラブツーリズムで行く」というロイヤルティの高い顧客を囲い込んでいきたい考えである。
 また今後は、複数のクラブに所属する会員の増大も見込まれることから、それぞれのフィールド同士のネットワークと、フレンドリースタッフのネットワークを強化していきたいとしている。


月刊『アイ・エム・プレス』2000年2月号の記事