永遠のパソコン初心者 富士通「タッチおじさん」

富士通「タッチおじさん」

企業イメージの一新を狙ったキャラクター作り

 その昔、パソコンは企業で使われるものであり、しかも使う人は企業の中の一部の人たちに限られていた。しかし、最近では社員ひとりひとりがID を持ち、社内連絡にパソコンが利用されていることも珍しくない。また、ワープロソフトやゲームソフトなどがインストール済みの、買ったその日から使うことができる個人ユーザー向けパソコンが数多く出回り、一 家庭へのパソコン普及率が拡大した。すでにパソコンはごく一部の人が仕事で使うだけのものではなくなっているのだ。
 富士通(株)では1994 年11 月、個人ユーザー、特にパソコン初心者をターゲットとした「FMVデスクパワー」を発売した。今までパソコンに無関心であった層を掘り起こすと同時に、富士通という企業ブランドの認知を高めるためには、同社の“固い”イメージをほぐさなければいけない。従来のイメージを引きずったままでは、いくらマスメディアなどで新製品をアピールしても、ターゲットとなる初心者にインパクトを与えることはできない。そこで同社では、これまでパソコンに触れる機会のなかった人など、パソコンから遠い存在の人にも親近感を持ってもらいたいという思いをこめて、パソコンには触ってみたいけれどちょっと恐いと思っている永遠のパソコン初心者「タッチおじさん」を誕生させたのである。FMV デスクパワーの発売を機に、同社のパーソナル商品(パソコン、ワープロ)の販売促進という使命を帯びて「タッチおじさん」は“あの”テレビCM で華々しいデビューを飾った。
 “あの”テレビCM とは、「来て、見て、さわって 富士通タッチフェア」のテレビCM、1994 年冬商戦に向けて放映された「さわってみたいけど篇」のことである。「さわってみたいけど ちょっとこわい…ちょっとはずかしい?」とお尻を振るしぐさが何とも言えず、愛らしい。そのしぐさと、吉本興業の漫才師「あほの坂田」こと坂田利夫氏の抜けたような声が妙にはまって視聴者の笑いを誘った。「タッチおじさん」が大阪人で大阪弁を話すためか、まず大阪の女子高生の間で大人気となり、その後、タッチおじさん人気は全国各地へ広がっていったという。
 ここで簡単に「タッチおじさん」のプロフィールを紹介しよう。「タッチおじさん」は、大阪生まれの大阪育ち。年齢は推定で48 歳。職業は会社員。機械のことはほとんどわからない文系人間なのでメカにはめっぽう弱く、パソコンには触ったこともない。しかし見栄っ張りな性格なので、実は今話題のパソコンに並々なら 興味を持っているのである。
 「タッチおじさん」のキャラクター開発者は、森永チョコボールのパッケージなどをデザインしたパッケージ・デザイナーの犬塚達美氏。設定は「推定年齢48 歳、会社勤めの中間管理職。メカにはめっぽう弱く、パソコンには触ったことがないが興味を持っている人」。これを実写ではなくアニメで表現したのは、「パソコンから最も遠い人」を忠実に表現したかったからだ。開発の各段階で市場調査を何度も繰り返し、ようやく陽の目を見るに至った「タッチおじさん」だが、その間一番苦労したのは、何と言っても社内調整だったようだ。

キャンペーンで配られているタッチおじさんグッズ

キャンペーンで配られているタッチおじさんグッズ

予想をはるかに上回った「タッチおじさん」効果

 「タッチおじさん」は、パーソナル商品のキャンペーンの中心人物としてテレビCM をはじめ、グッズ、ホームページ、店頭キャンペーン用ののぼりなどあらゆるメディアで活躍し、同社の目論見以上に幅広い年齢層の心をつかんだ。
 春、夏、冬の3 大商戦に先駆けて放映されるテレビCM は、1997 年夏商戦の「ノートが欲しい篇」で10 作目を数えた。この中で、1995 年夏商戦の「聞かんといてくれ篇」と同年冬商戦の「ハワイ篇」は、CM データバンクによるCM総合評価で第2位にランキングされた実績を持つ。「なぁお父ちゃんパソコンって何ができるの? なぁ何ができるの? あ?それだけは聞かんといてくれ」「とうとうパソコン買うたけどほんまはハワイに行きたかった」と、メーカーらしからぬセリフを言わせているところが愉快だ。「タッチおじさん」の人気の秘密は、初心者の心理をコミカルに表現したところにあると言えるだろう。
 グッズには、キャンペーン期間中に店頭で配る販促物のほかに、スーパーなどで販売されているものがあり、その数はトータルで100 種類を越える。販促用グッズの代表的なアイテムは、キャンペーンごとに作っているピンバッジ。このほか、夏にはうちわというように季節に合わせて企画している。一方、販売用グッズは昭和ノートとの提携により、ステイショナリーグッズ各種が企画・製造されている。
 同社のホームページの中には「タッチおじさん」のページがあり、CM でお馴染みのタッチおじさんの漫画や動画を見ることができる。また、パソコンができないばかりにアホだアホだとばかにされるタッチおじさんが最後に希望を見つけるというストーリーの絵本『タッチおじさんの幸福論 PAPA’S THEORY OF PERSONAL HAPPINESS』(文・石井達矢、絵・犬塚達美)が1996 年4 月に、徳間書店から発行されたことからも、「タッチおじさん」の人気のすごさがうかがえる。
 「タッチおじさん」は、同社のイメージを一新し、初心者の「やってみようかな」という意欲を掻き立てた。同社の国内におけるパソコンの出荷台数は、1994 年度が45 万台、1995 年度が145 万台と、1 年間で約3 倍の伸びを記録。勢いはとどまるところを知らず、1996 年度は出荷台数200 万台を達成した。また、1996 年6 月にはFMVデスクパワーの出荷台数が100 万台を突破。同社では、1997 年度の国内出荷台数は225 万台まで伸びると予測している。これらは「タッチおじさん」はもちろん、俳優の高倉健を起用したCM やキャンペーンなどが相乗効果をもたらした結果と言えよう。また一方で、パーソナル・ユーザーのサポート体制を整えるなど、同社がターゲットとする初心者に安心感をアピールしてきたことも大きい。現在、パーソナル商品の60 ?70%は初心者によって購入されているという。
 「タッチおじさん」が登場してからすでに3 年の月日が経ったが、今でも「タッチおじさん」はパソコン初心者だ。今後も同社では、“永遠の初心者”「タッチおじさん」のスタンスは変えずに、旬の話題を採り入れながら、効果的なPR を展開していく意向。初心者の深層心理をどのようにコミカルに表現してくれるのか、これからも「タッチおじさん」から目が離せない。
 しかし将来、ほとんどの人がパソコンを使いこなす日が来たら、「タッチおじさん」は姿を消してしまうのだろうか…。

タッチおじさんのプロフィール


月刊『アイ・エム・プレス』1998年2月号の記事