良い品を舌で選び、足で顧客を開拓 商売は地道に、シンプルに

酒のやまいち

売り上げの 50% が通信販売

 埼玉県浦和市にある酒のディスカウントショップ、やまいち。 JR埼京線、武蔵浦和駅から車で約 10分と、決して立地が良いとは言えないこの店の年商は、約 38億円に上る。
 狭い道路を挟んで建つ 2棟の店舗には、所狭しと商品が積まれ、色とりどりの手書きの POPが並ぶ。 1 カ月の来店客は延べ約2 万5,000 人に及び、土・日曜日ともなれば60台収容の駐車場が満車になる賑わいだ。だがそれだけではない。売り上げの約半分を支えているのは、通信販売である。
 酒のやまいちの開店は、1978 年。 1986年に法人組織に改組し、現在に至っている。この間同店では、全国の大都市圏に新聞折り込みチラシを配るなどして手探りで始めた通信販売を、 1989年 11 月にコンピュータ・システムを導入、本格始動させている。相次ぐディスカウント店の出店で「店頭販売の商圏が縮小している」(常務取締役 小澤宏吉氏)現状の中、通信販売が売上拡大の生命線になっているのである。
 使用しているホストコンピュー夕、ワークステーションはIBM製。ソフトは自社開発した。現在ここに登録されている既存顧客は8万5,000 人。北は北海道から南は九州、沖縄まで、顧客は全国津々浦々に散らばっている。
 注文は電話と FAX 、どちらもフリーダイヤルで年中無休、午前 10時から午後8 時まで受け付けている。日中は専任のパート社員 6人が、夕方からは男性社員が交代で対応に当たる。フリーダイヤルは電話と FAXを合わせて 10 回線。 1 日に約 200件の注文があり、客単価は約2万円であるという。

5-JPEG-0005

所狭しと商品が並ぶ「酒のやまいち」の店頭風景

“行動”が売り上げを作る

 通信販売開始当初は、新規顧客開拓のツールは新聞折り込みチラシが主体だった。大阪、名古屋といったように地域を限定してテストを繰り返したという。しかし新聞折り込みは、チラシの制作費や折り込み料などを含めて 1 回当たり 1,000万円規模のコストがかかる上、見ないで捨てられるなど無駄が多い。現在も様子を見ながら配布を続けてはいるが、より力を入れているのが「ポスティング」だ。小澤氏が自ら、通販カタログを 1 軒1 軒、郵便受けに入れて歩くのである。
 酒のやまいちではビール、日本酒、ウイスキーと幅広い品を揃えているが、最も自信を持っているのがワイン。自分の舌で味を確かめて選んだ自社輸入商品が、 8割以上を占める。好奇心旺盛で、「あれもこれも」飲んでみたがり、良いものを提供すればリピートにつながる確率も高いワイン好きは、同店のコア・ターゲットである。そこでワインを日常的に飲む人が多いと思われる東京近郊のいわゆる“高級住宅街”を選ぴ、悪天候の日以外はほとんど毎日、ポスティングに精を出す。集合住宅などと違い、敷地の広い家が多いため、 1 日に配れるのはせいぜい500通程度。店舗の様子を見て、手のあいている社員がいれば2 人で出かける。
 地方に出かける機会があれば、そこでもポスティングをする。
 単独の通販カタログは折り込みチラシよりもインパクトが大きいし、足を使えば郵送料はかからない。「1件でも多く注文をとることが大事。今の時代、とにかく行動を起こさなければだめなんですよ」(小澤氏)。意気揚々に見える同店でも、客単価はバブル時代の約半分に落ちているのだそうだ。

良い品物を多くの人に

 同店が発行している通信販売カタログは、『お酒の通信販売 保存版』の 1 種類のみ。これに価格変更などの微調整を加えて月に 5万~ 6万部作成し、前述のポスティングや店頭配布、外部リストを利用して郵送するなどの方法で配り切る。
 さらに年に4回は13 万~14万部作成して、通信販売の実績顧客8万5,000人にも送付する。過去に 1度でも注文のあった顧客には、たとえここ数年注文がなくても必ずカタログを送っている。

通販カタログは店頭、郵送、ポスティングとさまざま

通販カタログは店頭、郵送、ポスティングとさまざまな経路で配られている

 カタログは 197mm×177mm、 32ページ。ワインを筆頭にウイスキー、スピリッツ、リキュール、日本酒などが並ぶ。送料を 90 円に抑えるために掲載商品をセレクトしているが、希望があれば別途取扱商品の一覧表を送付している。ヤマトコレクトサービスを使い、代金の支払い方法は代引きのみ。お届け地域によって、一定の送料がかかる。
 商品価格は店頭と同じ。飲食店など業務用の大口注文もあるが、注文数によって価格に差をつけるといったことは店頭販売、通信販売にかかわらず一切していない。利用頻度もお客様によって実にさまざま。中には必ず3 日に 1度、ワインを 2本ずつ注文してくる名物客がいて、 1度も直接顔を合わせたことはないのにスタッフの間では愛称で呼ばれ、親しまれているという。
 カタログには商品説明のほかに、ワインの選び方や飲み方の提案などの記事も掲載する。酒の“文化”を伝えたいからだ。また、カタログ掲載商品を飲んだ感想を募り、次回のカタログに掲載するといった双方向コミュニケーションの仕掛けづくりも行われている。
 ある時菓子職人から、同店で購入したリキュールのおかげで美味しいチョコレート菓子ができたというお札の手紙が寄せられたことがあった。後日小澤氏がその店を訪ね、件の菓子を買い求めて食べてみたところ、リキュールの香りが生かされていて感激したという。「我々は残念ながら“モノを作る喜び”を得ることはできないんだ。お客様が喜んでくれることが一番の喜びだね」と小澤氏は語る。
 「良い品を揃えて、より多くの人に知らしめる。商売はそれしかないよ」(小澤氏)。お客様の満足を得られる商品を揃えているという自信が、同店の地道な営業努力の原動力になっているのだ。


月刊『アイ・エム・プレス』1996年8月号の記事