DMW東京300回記念イベント:ダイレクトマーケティングの歴史に未来へのヒントを学ぶ 第二部④「そして、残された課題は?」

2016年8月22日
今日は前回のコラムに引き続き、去る4月15日に開催されたDMW東京300回記念イベント「ダイレクトマーケティングの歴史に未来へのヒントを学ぶ」における私の講演をご紹介させていただきます。前回のコラムでは、プレゼン用パワーポイントで「歴史から学ぶべきことは」としていたパートをご紹介しましたが、今回の内容はこれに続く「そして、残された課題は?」という本講演の結びのパートになります。

前回のコラムでは、ダイレクトマーケティングの特徴を振り返るとともに、ダイレクトマーケティングは“顧客への洞察に基づく売れる仕組みづくり”であり、現代を生きる企業が直面する課題を解決するための処方箋の1つと言えること。これに伴い、昨今では、従来とは異なるさまざまな立ち位置から、さまざまな言葉を用いて、これにかかわる議論が繰り広げられていることをご説明した上で、メディアやテクノロジーが変わろうとも、“顧客への洞察に基づく売れる仕組みづくり”の本質は変わらないとの観点から、これまでのダイレクトマーケティングの成功&失敗事例に学ぶことの重要性に言及しました。

しかし、データドリブン・マーケティングであるダイレクトマーケティングはそもそも、以下のような本質的な課題を内包しています。

まず1つ目は、ダイレクトマーケティングを展開する企業は、常に個人情報流出のリスクと背中合わせであるということです。本コラム②の「これまでの歴史を振り返ってみよう!」でも述べたように、1980年代には大手企業の通信販売への参入が活発化、さらに1990年代には非通販領域のダイレクトマーケティングが活発化するなど、この分野への参入企業が増加する中で、2000年代に入ると個人情報の流出をめぐるニュースが新聞紙上を賑わすようになり、2005年には個人情報保護法が全面施行されるに至りました。しかし、個人情報の流出は同法施行以降も相次いでおり、「すべてのマーケティングはダイレクトマーケティング」と言われる今日では、もはやこれが常態化している感があります。

また、個人情報の問題と並んでもうひとつクローズアップされているのは、データの不適切な活用—-中でもプライバシー侵害の問題です。1980年代にテレマーケティングが普及したかと思えば、強引なアウトバウンド・テレマーケティングによる電話公害がクローズアップされ、2000年代にeメール・マーケティングが普及したかと思えば、スパムメール(迷惑メール)問題が浮上。さらに昨今では、行動ターゲティング広告に不快感を抱く人々も増加してきているようです。振り返ってみれば、電話公害がクローズアップされる以前には、無軌道な訪問販売による“押し売り”が問題視されていたわけで、これまでの歴史をみる限りは、こうした問題が消え失せる日がやって来るとは、とても思えないというのが正直なところです。

こうしたデータの不適切な活用は、これを犯した企業の信頼を低下させるばかりか、パーソナルメディアそのものの寿命を縮めることにもつながります。一例を挙げれば、スパムメールが増加したことで、eメールの開封率が低下し、今や“笛吹けど踊らず”状態になっていることは、多くの企業が実感しているところではないでしょうか。これらを、一部の“不行き届きな事業者”の話と突き放してみたところで、ダイレクトマーケティングを展開する私たち自身が、せっかく開発された優れたメディアを殺している。つまり、自からの首を絞めている側面があるということは、まぎれもない事実です。

3つ目として挙げられるのは、ダイレクトマーケティング、あるいはデータドリブン・マーケティングの名のもと、過去のデータを追いかけているだけでは、マーケティングは縮小再生産に陥るのではないかという視点です。企業のオファーに対して何の反応もせず、だんまりを決め込んでいる顧客は無視して良いのか。既存顧客へのアプローチを繰り返していると、いつしかマーケットが枯渇してしまうのではないか。そもそも過去のデータから顧客の変化を予測することはできるのか・・・等々。これらの点についてはこれまでも、この分野の専門家たちによる議論が繰り返されてきました。

以上、「そして、残された課題は?」として、ダイレクトマーケティングが本質的に内包しているとも言える3つの課題を提示してきましたが、果たしてその解決方法はどこにあるのでしょうか? 私自身は、次の2つのアプローチに、これらの課題解決へのヒントが隠されていると考えています。1つは、月刊『アイ・エム・プレス』最終号でも取り上げたCSV(Creating Shared Value)—-すなわち、企業の社会的な存在価値を明確化すること。そしてもうひとつは、やはり最終号などで触れた従業員のエンゲージメント向上への取り組みです。

まずは前者、すなわちCSVについて若干、説明を加えましょう。成熟社会と言われる今日、生活者は価格や利便性だけで商品・サービスを選択しているわけではありません。例えばメンバーズが2016年1月に行った「CSV Survey」によると、生活者の73%が商品やサービスの購買時に企業の考え方が「非常に重要」(16%)、「重要」(57%)だと考えており、TOP2BOXの合計は前年調査に比べて16ポイントも増加しているとのこと。本調査結果は、生活者が商品の価格や利便性といった目先のメリットのみならず、これを提供する企業のCSV—-社会的存在価値を重視し始めていることの証左と言えるでしょう(図表1参照)。
【図表1】生活者の73%が商品やサービスの購買時に企業の考え方が「非常に重要」「重要」だと考えている
【図表1】生活者の73%が商品やサービスの購買時に企業の考え方が「非常に重要」「重要」だと考えている
次に後者、すなわち従業員のエンゲージメントに関しては、近年では、競争の激化、顧客の要求の高まりなどにより、企業組織、中でもコンタクトセンターを初めとする顧客接点で働く従業員の疲弊が大きくクローズアップされています。こうした中、今回の講演では、従業員のモチベーションを高めるためのアプローチ例として、米国のJoie de Vivre Hospitalityの創設者として知られるChip Conley氏が提唱する「PEAK経営」を取り上げました。「PEAK経営」では、従業員、顧客、投資家にかかわる考え方をそれぞれ3層から成るピラミッドにより提示。このうち従業員にフォーカスした「The Employee Pyramid」(図表2参照)では、報酬は基本的なモチベーションにつながるものの、「人はパンのみにて生くるものに非ず」。つまり、報酬に加えてきちんと認められることで企業へのロイヤルティが高まり、さらに働くことの意味が明確になることによって、インスピレーションがわくことを示しています。
【図表2】Chip Conley氏が提唱するPEAK経営におけるEnployee Pyramid
【図表2】Chip Conley氏が提唱するPEAK経営におけるEnployee Pyramid
以上、ダイレクトマーケティングが内包する課題を解決するアプローチとしてCSVと従業員のエンゲージメント向上への取り組みの2点を取り上げましたが、これらは必ずしも分断されたものではなく、双方が一体化してこそ意味をなすと言うことができます。つまり、ダイレクトマーケティングに、“顧客への洞察に基づく売れる仕組みづくり”というその本来の機能を発揮させるためには、企業の社会的価値を明確にすると同時に、これを組織の隅々にまで行き渡らせることが欠かせないのではないでしょうか。これと類似したコンセプトとしては、月刊『アイ・エム・プレス』連載執筆者のお一人、石塚しのぶ氏が提唱される「コア・バリュー経営」が挙げられます。本稿とは別途、この考え方をまとめた『アメリカで小さいのに偉大だ! といわれる企業の、シンプルで強い戦略』の感想を本コラムにアップしていますので、ご参照ください。

さて、ここでもう一度、ダイレクトマーケティングの生みの親であるレスター・ワンダーマン氏の言葉を振り返ってみたいと思います。氏は2004年に私のインタビューに応えて、「情報化の進展に伴い、商品はサービスに姿を変えていく。産業革命は商品の革命だったが、情報化社会はサービスの革命」と語っています。昨今では、IOT(Internet Of Things)が脚光を浴びる中で、商品のサービス化はますます進展していくものと見られています。こうした中で注目されているのが、モノを企業が提供するサービスのメディアと位置付ける、サービス・ドミナント・ロジック(SDL)です。SDLにおいては、顧客とのインタラクションによる価値の創出が重要だと言われますが、このことはつまり、インタラクティブなマーケティングであるダイレクトマーケティングが、今後、ますます進展していくことを示唆していると言えるでしょう。

しかし、前回のコラムでも述べたように、そこでは必ずしもダイレクトマーケティングという言葉が用いられるとは限りません本コラム第3回で、米国のDMAの名称変更の経緯をご紹介しましたが、現名称(Direct Marketing Workshop)に変更した翌年に当たる1983年の同協会年次大会で、ワンダーマンは、T.レビットの『マーケティングの革新』(ダイヤモンド社)を引用しながら、ダイレクトマーケティングをリレーションシップ・マーケティングと呼ぶことを提唱。さらに私が同大会に直近で参加した2013年には、ビッグデータの時代を受けて、DMAをData Driven Marketing Associationに変更することが検討されていたなど、その名称を巡る議論は、環境の変化を見据えつつ、今なお継続しているのです。

最後に、私が今回の講演を通してお伝えしたかったことは、ダイレクトマーケティングの歴史に学ぶべきは、今日のインターネット全盛の時代に相通じるそのノウハウと同時に、常に顧客と対峙し、ビジネスを創造しようとするその姿勢であるということです。ここで大切なのは、ダイレクトマーケティングはデータドリブン・マーケティングであると同時に、企業の利害集団の意志に基づくヒューマンドリブン・マーケティングでもあるということ。前出のPEAK経営になぞらえて言えば、それこそが、インタラクティブ・マーケティングの頭文字を誌名に冠した雑誌を立ち上げ、足掛け20年にわたり継続してきた私自身の“MEANING”だったと言えるでしょう。

以上で、DMW東京300回記念イベント「ダイレクトマーケティングの歴史に未来へのヒントを学ぶ」における私の講演のリポートは終了です。完成までに時間を要してしまったことにお詫び申し上げるとともに、全4回をすべてお読みいただいた方には、心から御礼を申し上げます。