「ザッポスの奇跡」を読んで

2009年11月23日

月刊『アイ・エム・プレス』で以前に連載をお願いしたことのある、
米・ロサンゼルスのダイナ・サーチ・インク 社長 石塚しのぶさんが、
『ザッポスの奇跡 アマゾンが屈したザッポスの新流通戦略とは』
と題した2冊目の著書を上梓された。

ザッポスといえば、この7月22日にアマゾンが買収した
米国の靴のネット通販で知られる企業。
創業から10年足らずで約10億ドルの売上高を達成したザッポスとはいえ、
相手がネット通販の王者ともいうべきアマゾンでは、
一見、この買収は強者が弱者を飲み込んだかのように見える。
しかし石塚さんはこれを、アマゾンがザッポスの
優れたサービス・ノウハウを吸収しようと考えたためと見て、
本書の出版に先駆け、自身のブログでその視点を披露されていた。
そして、それから4ヶ月を待たずに本書が上梓され、
これまで日本ではあまり知られていなかった、
ザッポスの“優れたサービス”の実際と、
これを支える同社の社内の仕組みが明らかにされることになった。
本書によるとザッポスは、「Web時代における
究極のカスタマー・エクスペリエンスの実現」を目指しているとのこと。
アマゾンの顧客サービスと対比すれば、
アマゾンがリコメンデーションに象徴される
ITによるセルフサービスを軸に顧客満足を追求しているのに対し、
ザッポスは人とITの強みを組み合わせることで
顧客満足を追求しているというのだ。
確かに、ネットにしても、コールセンターにしても、
基本的には、セルフサービス化が進めば進むほど、
人的サービスの付加価値は相対的に向上するはず。
したがって、人とITの強みを組み合わせることこそが、
大量のオペレーションを担う企業に与えられた課題と言えそうだが、
そこには、それが優れたサービスを提供できる人材である限りは、
という前提が伴うのもまた事実である。
実際問題、弊社のコールセンターにかかわる調査結果を見ても、
過去11年間にわたり連続して1位を占める課題はほかならぬ「人材教育」で、
それも年を追うごとにこれを課題として挙げる企業は増加傾向にある。
コールセンターのみならず、店舗においてもその実態は大同小異。
つまり、優れたサービスを提供できる人材という前提を整えるためには、
“言うは易し、行なうは難し”の課題をクリアせねばならない。
さて、石塚さんが本書を執筆するに至ったのは、
昨年の5月、ラスベガスで行われたあるコンファレンスで、
ザッポスのCEOであるトニー・シェイの講演を聴いたのがきっかけだという。
そして実際にザッポスを何度となく訪れ、
訪問客としてその優れたサービスを生身で体験すると同時に、
これを支える社内のさまざまな部門の人々に丹念な取材を積み重ねてきた。
個々のサービスの有り様や、取り組みについては、
本書をお読みいただければと思うが、中でも私が唸らせられたのは、
本書に引用されている、下記のトニー・シェイの一言。
「ザッポスでは、『カスタマー・サービス』は部門名ではありません。
むしろ会社全体の基盤が『カスタマー・サービス』なのです。」
つまり同社においては、コールセンターだけが
顧客サービスを担っているわけではないのだ。
トニー・シェイをしてこの一言を語らせる背景には、
企業カルチャーにフィットする人材の採用、
「コアバリュー」と呼ばれる10の価値基準の存在、
社員の「個」を重視した徹底的な権限委譲、
パフォーマンスの徹底的な指標化とこれに基づく改善など、
企業活動の細部にまで及ぶさまざまな取り組みがある。
つまり、コアバリューそのものの存在と、
その具現化に向けて統合されたビジネスプロセスこそが、
ザッポスにおける人とITの強みを組み合わせた
優れたサービス提供を支える仕組みであり、
これを実現するエンジンの役割を果たしているといえるだろう。
さて、本書によると、ザッポスのスローガンは、
「POWERED BY SERVICE(サービスが原動力)」だという。
業種的に言えば、前述の通り、靴の小売業には違いないが、
経済のサービス化をしっかりと見据え、このブログでも何回となく触れた、
サービス・ドミナント・ロジック(以下、SDL)に基づき
ビジネスを構築していることを感じさせる一言だ。
SDLでは、“モノはサービス提供のメディア”になると謳っているが、
言ってみれば、ザッポスにおいて靴はサービス提供のメディアなのだろう。
同様にSDLでは、サービスが顧客とのインタラクションにより
成立することを強調すると同時に、これを実現するうえでの
人的リソースの重要性を説いている。
ザッポスの人とITの強みを組み合わせた顧客サービスは、
まさにこのSDLの視点に基づき設計されており、
だからこそ本書に紹介されているような
優れたサービスを実現しているのではないだろうか。
本書は、顧客視点のマーケティング展開を担う企業のマーケターはもちろん、
コールセンターなど顧客接点に携わる方々の必読書。
弊社発行、インプレス発売による石塚さんの一冊目の著書、
 「『顧客』の時代がやってきた! 『売れる仕組み』に革命が起きる』
をお読みでない方は、これとあわせてのご購読をおススメする。